うさみーの御朱印御首題✿歴史散歩

うさみーの御朱印御首題✿歴史散歩

全国各地を旅してお寺や神社で御朱印や御首題を頂いた記録です。最近は寺社巡りの他に国宝鑑賞も楽しんでいます。土地土地の景色や美味しい食べ物を絡めて紹介できたらと思っています。たまに衝動的に書きたくなった文章をぶっこんでますw

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江ノ電で江ノ島駅から東に移動し長谷駅で下りて、徒歩5分ほどで住宅地の奥まった場所にある御霊神社に到着しました。こちらは鎌倉七福神の福禄寿にあたります。

 

 

御霊神社(ごりょうじんじゃ)

▶御祭神:鎌倉権五郎景政

▶神奈川県鎌倉市坂ノ下4-9

▶鎌倉江の島七福神(福禄寿)

 

元々は坂東平氏鎌倉党の五家、鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏の5氏の霊を祀った神社であったとされ、五霊から転じて御霊神社と呼ばれるようになりました。後に鎌倉権五郎景政の一柱のみに祭神は集約され権五郎神社と呼ばれました。

 

鎌倉景政は平安時代後期の坂東平氏の一族で上述の5氏と共に鎌倉武士団を率いて現在の湘南地方一帯を治めていました。景政は武勇に優れ、16歳の時に源義家に従って後三年の役に従軍して活躍しました。その際、景政は左目を敵に射られながらも屈することなく射手を倒して帰還し、左目に刺さった矢を抜こうと景政の顔に足をかけた味方の武士を叱責したと伝わっています。その後、人を集めて相模国高座郡南部を開墾して相模国最大の寄進型荘園と言われる大庭御厨を作りました。

鎌倉党は源頼朝の挙兵時に分裂し、頼朝側についた梶原氏・長尾氏は鎌倉幕府で御家人として存続しましたが、鎌倉党としての組織は解体されました。

 


正面の参道を横切るように江ノ電が通っています。
石鳥居の下に注意書きが見えますが、神社の境内は撮影禁止となっていました。10年前はそんなこと無かったのですが…。
 

 
 

 
色紙に福禄寿の御朱印を頂きました。女性の書き手さんでしたが、横の(神主さんと思われる)男性の書かれていた御朱印は太くて横長の独特な筆致で気になりました…ただ色紙の中央上にあたるのであまり重たい感じだと全体的に見てアンバランスでしょうし、難しいところですね。
今度再訪する機会があったら御朱印帳に男性のほうの御朱印を頂きたいなと思いました。