ギャンブルをするときにどのような気持ちで臨むのか、ということをよく考えた時期がありました。
ギャンブルをし始めた頃はそんなことを考えもせずただ単純に出たとこ勝負で目の前のレースを予想して一喜一憂する、という流れといいますか、テトリスやぷよぷよみたいに落ちてくるものを何とかしようとする、という買い方でした。
しかしそれではまず常勝は無理ですし、むしろ必敗であることが簡単に予想できます。
そして負け続けて借金を積み上げ今になって気付いたひとつの答えが、
「真剣味のなさ」
私の生きていく上での弱点がまさにここにあり、この弱点こそがギャンブルのみならず仕事や日常生活にも悪影響を及ぼしているんだと思います。
金のやりとりがある以上真剣勝負であることは間違いないのに、いつしか惰性で負けても何とかなる、と変に自信を持ち、さらに負け続ける悪い流れに気付くこともできず、仕事や生活に持ち込み、当たり前のモラルやマナーも欠落してしまう、何とも情けない話ですね。
ではなぜそこに気付きにくいのでしょうか。
私の場合すぐ人のせいにするクセがあるようで、ギャンブルで負けたときも基本選手のせいにしていました。
例えば全国的に有名でイケメンの選手がいて、その選手がSG優勝戦1号艇で圧倒的人気、ここで負ける要素は非常に少ない、というときに不可解なスタート遅れ→惨敗があったとします。
(いや実際あったんですけどね笑)
多くの人がこの選手の勝ちを予想していたのに期待に答えられなかった、これでもまだこの選手のファンで居続ける人って何なのMなの?とか思う中で、同じ立場になりうることがまず不可能ですからそれ以上言及しようがないんですけど、そこにあったレースの中での真剣勝負の結果が「それ」なら、自分はまだ全然許されるんじゃ、と勘違いするのです。
選手の「真剣勝負」と客の「真剣勝負」は別物なんだということに気付かず負けたら選手のせい、という部分にこだわっていた自分自身の甘いところがずっとあったわけです。
今回は未だに根に持っている「あのレース」のことから自分自身納得するために書いてみました。
次回は「舞い上がり症候群」について触れていこうと思います。