前回の記事がもう真髄、本線をついたものになってしまったのでそれを踏まえた上で、ということになりますが、ギャンブルをすることで最終的にどのような感情になるのか、ということについて考えてみましょう。
ギャンブル依存症にとってギャンブルこそ命ですが、最終的に行き着くのは喜びではありません。
勝って終わるということは絶対にできません。
最終的に行き着く感情は怒りか悲しみか、絶望、不安、というマイナスの感情にしかならないはずです。
もっともギャンブルに興味のない人は少しのお金でもムダにしたくないですし、どんなタイミングでも簡単にやめることはできるでしょう。
逆に依存しないとやっていけないという人は、勝てる見込みが少しでもあればそこから光明を見いだそうとし、さらに深みへハマっていきます。
さらに深みにハマったとき、そこから抜け出そうとさらに深みにハマることを省みず勝負をします。
ギャンブルというのは意地が悪く、ほんの少しだけ勝たせてくれます。
一気に底に叩きつけられることはまずないのです。
理由は簡単です。
ギャンブルの原理原則をある程度知っているからですね。
例えばボートだったらインコースが強い、とか、競輪だったら先行一車は逃げ一択、という具合です。
ある程度確率が絞れた中でのバクチだと当たることが多いので、またそれで勘違いするんですね。
「オレは間違いなかった」
ってね。
そこが落とし穴なんです。
そうやって勘違い、「勝てる」と錯覚することこそがギャンブルの一番タチの悪いところなんです。
そんな流れで負け続けるから、いつしか手をつけてはいけない会社や他人の金を使う事件も起きるのではないかと思います。
私の最終的な感情(現段階で、になりますかね)は、「怒り」そして「満足」でした。
思い通りにいかなかった怒りと同時に、先日はなぜか今までにない満足感、達成感がありました。
変な話ですけど。
ギャンブルと10年、いや20年以上付き合っていた私でも、気持ちの切り替えで禁ずることが余裕になっているのは、この変な「満足感」によるものだと自分なりに解釈しています。
では次回、この満足感とは何かを考えてみたいと思います。