頑張ることってのは、自分に過大な負荷をかけることだと思っていた。
本気で頑張ろうって思った時は、いっつも自分に極大の負荷をかけてきた。くっだらないと思われることにもイッパイイッパイの負荷をかけてきた。それが頑張るってことで、それは自分にも人にも伝わるのかなって思っていた。
でも、それだけじゃダメなんだって最近少し思ってきた。違う?
いきなりハイトップでストイックに追い込んでも、それって結局は自分の中でしか完結していないんじゃないか?そう思うことがあったよ。
自分を追い込んで、マイナスを自分が背負って、それでプラスが人に転がるのかと思っていた。自己犠牲か自虐的か、とっても微妙な気がするけど、その方法ばかりに取りかかっていたなぁ、と。それはとっても凹みやすい俺に堪え忍ぶ力は付けさせてくれたけど、人にプラスをもたらすコトは学ばせてくれなかったのかもしれない、って思った。
バカやる時は極端にバカにしようと思ったし、くだらないコトをいっつもやっていようって思った。じゃないと耐えてばかりになっちゃうからね。バカを手イッパイやるからこそ、自分が痛い思いしても乗り越えれるというか。
自己犠牲=他人への優しさ、じゃないってことかなって。それも1つの等式にはなるんだろうけど、それじゃ痛くて他人には感じられることじゃないんだって。笑顔が笑顔を呼ぶってこと、ラックの上にラックが乗っかる、そういうプラスプラスなことが良いって事実、学ばなきゃ。マイナスかけるマイナスは確かにプラスだけど、プラスかけるプラスだってプラスだもんな。俺は戦時中の日本人じゃないぞ!!
こんな話を懇々とした。
最近、感覚だけを大事にしようって思う。
じゃねーと死んじゃいそう。感覚なしにしていたら、別に俺じゃなくてもいーじゃんって気するし。なんでもかんでもピンと来た方に行ってみよう!!
デタラメじゃないぞ、善良な意識に依る感覚だぞ!!
別に無法者になろうってわけじゃないぞ!!
目に見える世界は、目に見えない世界に支えられているんだ。
そんな感じ。
バカだから忘れないようにブログに書き残した。