私が新人の会社員だった頃、同期に歌の得意な子がいました。
IT系の会社で、歌の上手さなんて役には立たないのですが、
彼女はボイストレーニングに通っていて、とにかく彼女の歌声は、穏やかで優しく魅力的でした。
仕事でははっきりものを言う性格も相まって、彼女のことは、同期のみならず、社内ですぐに知れ渡りました。
結果、新人ながら業績発表会で一曲歌わされたりもしていました。
同期の中にはとんとん拍子に名前の売れる彼女のことを、面白く思っていない人もいました。
私はと言えば、妬みはしませんでしたが、彼女のことを勘違いしていました。
それは、彼女は目立ちたいのだという勘違いです。
歌をみんなの前で歌うぐらいだから、きっと目立つのが好きなのだ。目立ちたい彼女のために、人前でいっぱいいじってあげようとしていました。
私のいじりに対して、彼女も「やめてよー」と笑ってくれていたので、それでいいのだと思っていました。
一度同期でご飯を食べた時、その日も彼女を話題の中心にして盛り上げようとしました。
しかし、彼女から、いつもと違う、私の予想もしない反応が返ってきました。
「どうしてそうやっていつも私をからかうの?」
まじめなトーンでそう言われ、若き日の私は鈍器で頭を殴られた気分になりました。
笑ってごまかさず、流れを止めてまでそう言った彼女の気持ちはいかばかりか。私は自分の無知を恥じました。
彼女の痒い所をかいていたつもりが、全く逆のことをしていたのだと悟りました。
今だからわかります。
彼女は目立ちたくて歌っていたんじゃない。
歌が好きだから、歌っていたんだと。
ほどなくして彼女は会社を辞めてしまいました。
辞めてしまった本当の理由など私には分かりませんが、目立ってしまうのに、目立ちたがり屋じゃない彼女にとって、そこには居場所がなかったのかもしれません。
それから5年ぐらい経ってから、私も人生の壁にぶつかって、いろいろと失ったりして、ふと彼女に会いたくなりました。
すごく久しぶりに連絡を取り、新宿の居酒屋で会いました。
昔話に花を咲かせつつ、私は当時の辛さを嘆いたんだと思います。
そしたら彼女がカラオケに行こうと言い出しました。
相変わらず彼女は歌が上手かった。
私へのエールを歌に込めて、私のために歌ってくれました。
「なるみくんは優しいから、負けちゃだめだよ!」と帰り際に念を押されましたが、私には歌で十分に気持ちは受け取っていました。
彼女の好きだった歌は、私を癒してくれました。
もうちょっと生きて、もうちょっと頑張ってみるかと思わせてくれました。
才能っていうのは残酷で、時にその人自身を傷つけたり、殺したりします。
でもその才能で、その人がその人らしく輝く瞬間はきっとあるはずです。
彼女はずっとずっと大人で、ずっとずっと誠実だったので、才能に踊らされることなく、あの時の新宿のカラオケ屋でも、自分らしく輝いていたな、と思います。