アラフォー女医のすべらない診察室

アラフォー女医のすべらない診察室

何でも、適当に書きますわよ。


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翌日、ICUには彼女の姿はなかった。


カルテの記載によると、

血圧低下。

家族の希望もあり、救命の処置は行わず。

とあった。


彼女が充分過ぎるほどの苦痛を味わい、ICUで言葉にならない苦痛や苦悩を伝えようとして、伝わらず、最後の最後に、やっと家族の希望が叶えられたわけだ。


それでは、彼女の希望は、どうだったのだろうか?

苦痛を味わってでも、頑張って生きたいと思っていたのだろうか?


本人でない限り、たとえ家族であっても、結局は本当のところはわからないのではないだろうか。

ここが、安楽死、尊厳死といわれる問題を扱いにくくしている。


最初に書いたが、彼女は生まれつき免疫成分の一部が欠損していたことにより、感染に打ち勝つ力が殆どなかった。

小さなニキビの炎症が、本来なら自然に治癒するはずが、彼女にとってはひどい感染症となるのである。

炎症から膿瘍となり、切開排膿した後が少なくとも3箇所認められた。


彼女の母親から、安楽死を依頼されたときに聞いた話であるが、このような些細な感染のため彼女は生下時から入退院を繰り返し、学校もまともに通うことができなかったそうだ。

人生の殆どを、感染症に悩まされ、痛い思いをさせられて、本来であれば楽しく過ごすはずの学生生活を送ることができなかった。

苦しかったに違いない。


それでも彼女はきっと生きたかったのだろう。

だから恋愛をし、婚約をし、将来を夢見たのだろう。


だが、医療は残酷だ。

彼女の命を中途半端につなぐことはできても、治癒させることはできなかった。

そればかりでなく、ニキビさえ治す力のない身体に、大きな手術を施し、感染症のコントロールができようはずもないのに、勝算のない賭に出てしまった。

結果、彼女には術後痛というさらなる痛みを与え、苦しみながら亡くなっていった。


彼女が安楽死を望んでいなかったとしても、苦しみながら死を迎えたいとは思っていなかったはずである。


手術をしなければ、安楽死は無理であったとしても、せめて2日前のモルヒネで痛みがとれた状態の中で静かに最後を迎えられるようにすることはできたかもしれない、


結果論かもしれない。


でも私は、2日前の子供のように甘える彼女の声が忘れられない。

「お願い」


その後ICUをあとにし、トイレでひとり嗚咽した。