2003年にメジャーレーベルに移るまで10年以上もの間、活動の場をインディーズに置いていた。
オフスプリングのデクスター・ホーランドに見出され、1996年のセカンド・アルバムからは彼のレーベルに所属していた。初期のスタイルがハードコア・パンクだった影響か、
音楽性が変化した現在でもコーラスワークを多用する。
デイヴィー・ハヴォック / Davey Havok - (ヴォーカル)
1975年11月20日生まれ。身長178cm。弟が一人いる。ベジタリアン。
両腕全体にタトゥーを入れている。
ツーブロックで右側を長く残した特徴的な髪型でアイシャドーや付けまつげなどメイクをしていたが、現在はゴールドのメッシュが入ったリーゼント風でヒゲもはやしている。
ニューヨーク州,ロチェスター出身で、3歳の時に父親を失っている。そして、10代前半の頃から、パンク・ロックに興味を持つようになり、その後、親友のアダム・カーソンと共にAFIを結成する[1]。

フロントマンのデイヴィー・ハヴォック
ジェイド・パジェット / Jade Puget - (ギター)
1973年11月28日生まれ。
バンドに加入した最初の頃はシンプルなショートヘアだったが、現在は右の前髪を長く伸ばしたいわゆるエモ・ヘアーである。
ハンター・バーガン / Hunter Burgan - (ベース)
1976年5月14日生まれ。
バンドに加入してしばらくは金髪のショートヘアだったが、現在は丸刈りにしている。
ベースはピックで弾く。
アダム・カーソン / Adam Carson - (ドラム)
1975年2月5日生まれ。
結成時からのメンバーで、デイヴィー・ハヴォックの親友。
1991年~1995年 [編集]
1991年、カリフォルニア州ユキアにて、当時高校生だった「デイヴィー、マーク、ヴィック」らの3人で結成。その後、ドラマーのアダム・カーソンを迎え、本格的にバンド活動を開始する。
1992年、初期メンバーだったヴィック・チョーカーがバンドを脱退した為、新ベーシストにビックの友人だったジェフ・クリスギーを迎え入れる。
1993年、ジェフが創設したインディーズ・レーベル「Key Lime Pie Records」から、バンド初のCD音源となる1stEP、「Dork」を222枚限定でリリース。
1995年8月1日に1stアルバム「Answer That and Stay Fashionable」をリリース。
1996年~2000年 [編集]
1996年に入ると、人気パンクバンドOffspringのデクスターが主催する大手インディーズレーベル「Nitro records」へ移籍し、同年6月18日に2ndアルバム「Very Proud of Ya」をリリース。それから時をまもなくして、ジェフ・クリスギーがバンドを脱退した為、新ベーシストにハンター・バーガンを迎え入れる。
1997年11月11日に3rdアルバム「Shut Your Mouth and Open Your Eyes」をリリース。同年12月には、Offspringのサポートアクトとして来日公演を行う[2]。
1999年5月18日に4thアルバム「Black Sails in the Sunset」をリリース。
2000年9月19日に5thアルバム「The Art of Drowning」をリリース。ビルボードアルバムチャートにて、初登場174位を記録し、バンド初となるアルバムチャートへのランクインを果たす。
2001年~2005年 [編集]
2001年、パンクバンドSick Of It Allの前座として来日公演を行う[3]。
2002年にインディーズレーベルのNitro recordsからメジャーのDreamWorks Recordsへ移籍する。
2003年3月11日に6thアルバム「Sing the Sorrow」をリリース。ビルボードアルバムチャートにて、初登場5位を記録する。同月にパンクバンドのTHE DISTILLERSとのカップリングツアー「THE DISTILLERS 2003」のため、そして8月には「SUMMER SONIC 03」出演のため来日を果たす。
2006年~現在 [編集]
AFIのコンサート。
2006年6月6日に7枚目のバンド初となるコンセプト・アルバム「Decemberunderground」をメジャーレーベルのInterscope Recordsからリリース。
ビルボードアルバムチャートにて、18万2千枚を売り上げ初登場1位を記録し、販売累計も90万枚を突破。そして、1stシングル「Miss Murder」が『2006 MTV VideoMusicAwards』にて、GREENDAY、Red Hot Chili Peppersらを押さえて「Best RockVideo」に選ばれる。
同年8月には「SUMMER SONIC 06」出演のため来日を果たす。
2007年7月7日、地球温暖化防止を訴える世界規模のコンサート「ライブアース」のニューヨーク公演に出場する。
2009年9月29日(国内盤は23日)、8thアルバム「Crash Love」をリリース。ビルボードチャート初登場12位。
バンド名の由来 [編集]
「A Fire Inside」の略(公式サイトのURLが『afireinside.net』、Facebookではバンド名と略称の記述がある)。過去には「Asking for It」や「Anthems for Insubordinates」の略だとメンバーが語っており、はっきりとは分かっていなかった。
トリビア [編集]
2ndアルバム「Very Proud of Ya」に収録されている「Cruise Control」と「Love Is a Many Splendored Thing」の2曲が、1997年公開のインディーズ映画「Mary Jane's Not a Virgin Anymore」の劇中にて使用されている。
現メンバー、ジェイド・パジェットとハンター・バーガンの二人は、バンド加入前に3rdアルバム「Shut Your Mouth and Open Your Eyes」のバッキングボーカル等に参加している。
1stEP「Dork」のCDジャケットには、現ドラマーのアダム・カーソンの若かかりし頃の写真が使われている。
「Miss Murder」は氷室京介によってカヴァーされ、彼のアルバム「IN THE MOOD」に収録されている。
8枚目のアルバム「Crush Love」の国内盤では、ボーナス・トラックとして「Miss Murder - Duet Featuring 氷室京介」が収録されている。
上記の縁もあり、2009年9月27日に横浜スタジアムで行われたLIVE for LOVE we support WaterAidで、氷室と共演した。
「Crush Love」の8曲目に収録されている「I Am Trying Very Hard to Be Here」のコーラスには、一般のファンが参加したコンテスト「ビギン・トランスミッション」で勝ち抜いた6名が参加している。
デイヴィーとジェイドの二人は、ストレート・エッジであり、ヴィーガンでもある。
音楽性の変化 [編集]
初期の3作はハードコア・パンクやスケート・パンクの影響が顕著なスピード感あふれる典型的なパンク・ロックだった。
現在のAFIサウンドの原形が完成したのは、4thアルバム「Black Sails in the Sunset」からである。この頃よりゴシック的な要素を含むようになり、次作の「Sing the Sorrow」ではハードコア・パンクから脱却するかのようにエレクトロニカを積極的に取り入れ、音楽性ががらりと変わった。これよりハヴォックとパジェットの外見も音楽性とともに男くさいものからフェミニンなものに変わっていく。
シャウトはこれまでも使うことがあったが、デスボイスを使う曲が存在するのは「Decenberunderground」だけである(例外として「Crash Love」の国内盤ボーナストラック「Carcinogen Crush」の一部では使っている)。
最新作の「Crush Love」ではエレクトロニカは一切使われず、純粋なロックを追求したギターを中心としたアルバムとなっている。疾走感のある曲も存在するが、パンクと呼ぶよりはロックと呼ぶにふさわしい。シャウトも殆ど使われていない。