男性の1%に存在とする無精子症、その8割は精巣の中で精子が正常に造られていない非閉塞性無精子症と言われています。
 非閉塞性無精子症に対する究極の治療法がmicro/MD-TESEです。手術用顕微鏡で精巣の中から精子を造っているところを選択的に採取する術式は、非配偶者間人工授精しか選択肢が無かった無精子症カップルに父親と遺伝学的に繋がった児の出生のチャンスを生み出すことに成功しました。この術式を最初に考案して発表したのがコーネル大学のシュレーゲル教授という高名な男性不妊専門医です。その先生の論文によれば、非閉塞性無精子症の中で最も重症とされるセルトリオンリー症候群ですら50%を超える精子回収率で、まさに非閉塞性無精子症のカップルにとっては福音となる治療法と思われました。
 そのため小生は本邦で最初にfresh TESEという採卵とmicro/MD-TESEを同日に実施する術式を導入し2007年にその優れた成績を報告しました。当時の非閉塞性無精子症に対する精子回収率は43%というシュレーゲル先生の報告よりは少し低い数字でした。しかしその結果は新聞などのメディアに掲載され、米国泌尿器科学会総会で受賞をしたことなどもあり、その後多くのよりシビアな無精子症のカップルが小生のもとを受診するようになりました。その結果、染色体検査や遺伝子検査が正常であった非閉塞性無精子症から精子が回収される確率は30%程度まで下がることになりました。
 そうなるとfresh TESEにより、精子が回収されない70%のカップルに対して無駄な卵巣刺激と採卵をすることになってしまう現実に直面することになりました。micro/MD-TESEで精子が回収できなかった場合は第三者精子を用いた人工授精であるAIDが呈示されることになりますので、夫の精子が回収されなかった場合は第三者精子を妻の卵子に顕微授精する選択肢がカップルに与えられる可能性を考えました。しかし学会は第三者精子を用いた顕微授精は商業主義に繋がりかねないという懸念から禁止するスタンスでした。さらに精子凍結技術が洗練され、精子を凍結しても妊娠率に影響ないケースがほとんどであり、全例にfresh TESEを実施する理由は無くなりました。現在ではfresh TESEは精子凍結が厳しい一部のケースでのみ適用することにしています。
 その後本邦ではmicro/MD-TESEに助成金が支給されることとなり、人口あたりで高度生殖医療施設が最も多い本邦ではmicro/MD-TESEを重要な差別化戦略とする高度生殖医療施設が登場することになりました。そうした施設では男性女性ともに同一の施設で治療できることをアピールし、fresh TESEを精子回収率が30%を下回る状況で実施しています。fresh TESEを実施するとなると男性側と女性側の治療費用の総額はゆうに100万円を超えることになりますので、1回の治療単価としては不妊治療の中では最大となります。
 助成金という公的資源がこうした非効率的な治療に投入されることの是非には議論の余地はあるでしょう。一方で自由診療なのでお互いに合意の上であれば、何も問題ないという意見もあるでしょう。しかし問題は70%もの精子を回収されなかったカップルから人質であるかのごとく卵子を凍結保存し、学会認定施設として助成金を間接的に受け取る立場でありながら、学会で禁止されている親族の精子を顕微授精することを水面下に実施している施設があることです。そして精子回収不可のカップルの一部は医療機関側が終止符を唱えても当事者の中では終わりと成らず、不妊治療難民となって他の医療機関を渡り歩くことになってしまうことです。
 micro/MD-TESEはいまや巨額のマネーを生むビッグビジネスとなりました。micro/MD-TESEが不成功に終わった患者が前向きに生きて行けるように支えることより、新規の無精子症カップルの獲得に腐心するあまり、お金も希望も奪われた患者が次から次へと放出されています。科学の進歩は広く人類の福祉に貢献してきました。しかしmicro/MD-TESEという医学の進歩はそれによって初めて子供を設けられる幸せなカップルを生み出したのと同時に、皮肉にもmicro/MD-TESEがなければそれほど苦しみ悩むことにはならなかったかもしれないカップルを何倍も生み出す結果になってしまったのです。それにもかかわらず、そこに何ら疑問も感じること無く、かくも患者を救えない医者と救われない患者が増えたことに、医療ビジネスの末路を感じざるを得ません。