今回はその逆。
キレてやろうと思います。
対象となる諺は皆さんご存知
「出る杭は打たれる」
①頭角を現す者はとかく他の人から憎まれ邪魔をされる。
②よけいなことをする者は他から制裁を受ける。
※参考文献:大辞林
こんなことを言っているのは日本だけではないだろうか。
そう思います。
日本の教育面を思い出すとよくわかります。
欧米をはじめとする他国のほとんどが子供に主張を持たせ、
どんどん意見させる教育を実施している中、
我が日本では教師が一方的に喋り、黒板に書く。
受ける生徒は黙ってノートに記す。
当時は全く考えもしなかったが、
今思えば100%受身スタイル。
だから、授業中にKYなことをすると、
周りからは冷たい目で見られ、先生からは注意を受ける。
「なぜそういう発言をしたのか?」
「どういう思惑からそういう行動をとったのか?」
ではなく
「授業を邪魔するな」的。
他国では杭は打たれない。
むしろ突出したもの勝ちである。
なぜなら、他国では主張しなければ生きていけないからである。
こうなったのは日本がまだ鎖国の域から脱しきれていないからであろうか。
(物資的な意味ではなくメンタル的な視点で)
アメリカを例に出すと、
アメリカには様々な移民がいる。
いろいろな血を混ぜた結果、様々な視点から捉えることができる人種が生まれ、
今日の「大国」になったとも言える。
※アメリカが完璧だとは決して思わないので、日本も移民を取り入れろとは思わない。
しかし。
世の中には様々な人種、文化から取り入れるべき考えは山ほどある。
誰もやっていないことをやるからこそ面白いとは思えないだろうか。
(誰かがやっているからやるんじゃなくて)
その為には時として「出る杭」にならなければならないときがあるのではなかろうか。
また、それに並行して「たたく」ではなく「伸ばす」ことのできる
既成概念に捉われない理解者の存在も必要不可欠ではなかろうか。
私が「価値がある」と感じる人間は、草ボーボーの場所で先頭切って
「道らしきもの」を作れる人間。
その後を歩く人間は申し訳ないがあまり価値を感じない。
遊びでも仕事でも
「誰もやったことのないことをしたい」
…こういう考えを常に持っている人間なので、
「出る杭は伸ばしちゃいなよ」
こっちに一票入れちゃいたいわけなんですけどね。