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安住大臣の気持ちは分

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終盤のアスファルトのアップウンのところ、地図を下さったランナーが70kmの部でも走ってらっしゃいましたAコースとCコースとのブルエントリー。
玉江駅で寝ちゃったのと苦しく言い訳すると良い良い寝たらいいと慰められました。
今、私にやさしくしてはだめですでももう遅い。
お別れした後で感情の制御が効かずおんおん泣いてしまいました。
子どもか。
その後も、行き交うランナーに佐々並までどれだけありますかと聞きたいのに玉江駅まだですかって口走っていたり、この期に及んでどんだけ玉江駅引きずってやがる、まったく粘着質で困ります。
やーめーなーさい、バンッ。
いつも1秒でも早く終わらせたいという思いでゴールに飛び込むため、ガッツポーズはおろか笑う余裕すらないのが常でしたが、今回は沿道の声援がありがたくてたまらず、ゴールテープの向こうに並ぶスタッフの方の姿を見るとどうしようもなく笑顔が溢れて止められませんでした。
これが感動というものですよ、とすっかり邪気の抜けた脳がささやいていました。
初めて笑えた。
初めてうれしいと思えたゴールの瞬間でした。
気がふれたように走りまくった4月、月間走行距離は月末まで3分の1を残した20日時唐ナ500kmを超えていました。
萩のレースの内容は成功とは言い難いものでしたが、だからこそ、それゆえに、ゴールのよろこびも倍増した気がします。
スペシャルサンクスの方はたくさんすぎてあげきれません。
本当に感謝感謝の一念です。
皆さま、数々の無礼と非礼をお許し下さい。
完踏後、ウルトラ界の大御所であるよしこさんとおっしゃる方と銭湯へご一緒させていただきました。
一体トップアスリートという生きものはどんな体をしているのかととっくり眺めてみましたが、拍子抜けするほど普通であらせられました。
しかし、私のぶしつけな凝視をさらりと受け止め、湯気の向こうから来年は40時間切れるよねと微笑むたおやかな眼差しに、世界レベルの偉大さが確かに滲んでいました。
ちょっと川の道520km43055とかにも興味あったんだけどな、来年も、やっぱり萩にいるのかなあ。
完踏タイム、41時間26分。
夜行バスで行く0泊5日の冒険が幕を降ろしました。
ただいま。
おかえり。
よく、やったと思いますよ。
今年は完踏記をぶっこんでやろうと前から決めており、全体の文章の流れを考えながらなんとなくラストは父の話題で括るつもりでいたのですが、正直今よしこさんの裸で頭がいっぱいで父親とかちょっとどうでもいいです。
ただ、私は父の寿命を縮めるためにこの世に生まれてきたことを信じて疑わないので、つべこべ言わずおとーさんもまた萩走りゃあいいのにと思います。
この手記が父の目に触れることのないよう願っています。
でももし間違って読んでしまったならおこづかい下さい。
5月10日若木くるみ