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コテとハクのブログ

形而上学と形而下学は車の両輪です。バランスよくいきましょう。

みんな何かしら我慢して生きている。

 

 

理想をイメージしていても、困りごとは向こうからやってくる。

 

 

目の前の事態が自分の潜在意識が作った映像だと分かっていても、

 

 

感情に飲み込まれる。

 

 

 

その時に

 

 

我慢して自分の内側にストックするから

 

 

潜在意識に流れていって、また追体験させられる。

 

 

 

だったら、

 

 

ストックしないで放出すればいい。

 

 

 

放出のやり方を間違えなければ、

 

 

大丈夫。

 

 

 

一番いいのはやっぱり「ジャーナリング」だろう。書く瞑想。

 

 

誰にも見せない前提で、思いっきり湧き上がった感情を文字にして書き連ねる。

 

 

汚い言葉を吐く背徳感もありつつ。

 

 

 

誰かに見られるのが心配なら、

 

 

書いた後に燃やせばいい。

 

 

 

紙と鉛筆で書くのがおすすめ。

 

 

結構スッキリします。

 

 

 

溜め込まないのが大事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世は二極の世界。

 

 

片方だけでは存在できない。

 

 

表と裏、晴れと雨、北と南、男と女、金持ちと貧乏、幸せと不幸、唯物論とスピ、勤務医と開業医・・・

 

 

磁石のN極だけを切り取ることができないのと同じように(必ず反対はS極)

 

 

表だけを取り出すことはできない。裏があってこその表。

 

 

 

この世ゲームを攻略するためには、

 

 

二極の両者を俯瞰して真ん中に立つことが重要だと思う。

 

 

 

そのかわり、

 

 

真ん中に立つ(=中庸を知る)ためには

 

 

両端を体験するしかない。

 

 

 

シーソーと一緒で

 

 

両端を知らないと真ん中には立てない。

 

 

 

結局、

 

 

楽しい経験(という解釈)も辛い経験(という解釈)も

 

 

真ん中を知るための過程でしかない。

 

 

 

私もそんなゲームを体験中。

人を見下すと、見下される。

 

 

いわゆる鏡の法則。

 

 

身近な人ほどつい「見下し」てしまいがち。

 

 

最近はそのレスポンスが早く感じられる。

 

 

 

昨日はその日のうちに跳ね返ってきた。

 

 

というか今までは気づいていなかっただけかもしれない・・・。

 

 

 

今現在とても辛い人には到底理解できないかもしれないが、

 

 

自分の中のモヤモヤは一旦横に置いておいて、

 

 

自分の目の前の出来事は

 

 

全部自分が作っていると思ってみてほしい。

 

 

 

今日これから会う人が

 

 

どんな顔をしてあなたに接してくるかは

 

 

あなたが決めているんです。

 

 

 

それに気づきさえすればいいんです。