Stupid JAMおっさん - すたじお じゅのーん ぶろぐ

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Studio JuNorNの楽音&とっしーがブログをわっしゃしてます。

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この記事はとっしーが書きました。


何から話すべ。


震災当日は、家族全員が家に居て、(家族構成は、僕 母 親父 叔母)僕は2階の自分部屋に居た。


どどどど…って地響きが聞こえて、すぐに地震が起こって、携帯の緊急地震警報が鳴って、今まで聞いたことなかったから…こりゃ大変なことだって 、僕が予想していたことが起こるかもって感じて、(3月10日に収録した、ちょいすラジオのおまけみたいなシャベグリで話した)
そしたらどんどん揺れが激しさをまして、僕の家が横揺れできしむ音。 テレビが回転!本とCDを収納してたはずのラックからは、本とCDがなだれ落ちてきて、僕はすぐさま階段を蛇行しながら駆け降りて、外へ出たら家族と犬と近所の人が、電信柱やブロック塀やら何やらにしがみついてる。

僕は両手を地面に着きながら母の所へ行って地震がおさまるのを待っていました。

地面が波打って、家やら電信柱やらブロック塀やら横ノリで何かに掴まってないと立ってられない。

大きな揺れがおさまったと思うと…フェイントをかまして、また大きな揺れが来ちゃって…いい加減におさまれよって思ってる内に揺れがおさまって家の中に戻ると停電&物が落下して散乱。ガラスも割れてて、とりあえず家を片付けなくちゃってことで片付けを始めました。


地震の影響で倒れてきた物やら割れたガラスやらを片付けしてると、楽音氏から電話がきて大丈夫か? 8メーターの津波が来るから逃げた方がいいぞ!って えっ!?そんな訳ないじゃん! でもテレビで言ってる!とにかく逃げろ!って話しをしてる間に電話が切れた。 すぐに家族に伝えると…家にそんなの来るはずがない。
今まで家に津波なんか来た事ないって言って…全く僕の言うことを聞いてくれない。

そうこうしてると僕も大丈夫だよなぁ~(^_^;)って思えてきて片付けに戻って、その間も余震が何度も起こってその度に外へ飛び出してまた家の中に入って片付けしての繰り返しを何度もしてると…!
外に出ていた母が何にか言ってる。叫んでる!

田んぼが波うってる!津波だぁー!!って叫びながら玄関に走って来る。親父もそれを聞いて走って来た。愛犬のアトムは繋がれたままで離してあげようと思って玄関を出たら両親が入って来て玄関の戸を閉めた瞬間…いたる所から泥水が入って来て僕は一目散に2階へ駆け上がった。

2階に上がる時に横目で母が茶の間のこたつの上に上がってるのが見えた。

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写真は水位がMAXの時に震えながら撮ったもの。 記録に残さないとって撮りました。

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2階の窓から外を見たら…泥水が防風林や電信柱を薙ぎ倒し、その影響でブロック塀を破壊。
電線が前の家のプレハブ小屋の屋根に引っ掛かり、プレハブ小屋は電線に引っ張られて90度向きが変わってしまった。

僕の車と母の車が回転しながらぶつかり合い 外の物置を破壊し、灯油のタンクは耐え切れなるなって浮輪の様に流され、ガスボンベは回転しながら壁や窓にぶつかり破壊活動。

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豚が何匹も流されてきて、必死に溺れない様もがくけど…どんどん沈んでいってしまう。どんどん水位が上がって3分ぐらいで自宅の一階部分をほぼ浸水させてしまった。

窓の外の光景を見て水位を確認して、部屋から階段に行き家の中の水位を確かめながら大声で家族を呼ぶけど…水の流れ込む音、いろいろな衝突音に消されてしまう。

家族からの返事は返ってこない。

何度も外の水位と家の中の水位を確認して、家族を呼ぶけど変事は返ってこない。

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外の水位はぜんぜん下がらない。 でも家の中の水位は少しずつ下がっていってる。

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大声で家族を叫び続けると…『アトム』の声がする!良かった。生きててくれた。

しばらくすると母の声がした『大丈夫。生きてるよ』良かった!

母は茶の間から流されて台所の鴨居に掴まって、なんとか大丈夫だった。

水の流れは勢いがおさまってきたけど…まだ一階の半分ぐらいの水位。

親父と叔母さんの安否を確認出来ないまま 段々と暗くなっていく。

水位が下がると階段を一段、また一段と降りて母に声をかけ、親父と叔母さんを呼び続ける。

家の中の水位はだいぶ下がり階段もあと数段で降りて行けると思った時にお風呂から親父の声がする!!

生きてた。

お風呂は階段の横にある。親父は浴槽の上に上がってて、まだ水位が高くて出られないと言ってる。

なんとかお風呂のドアを開けないと救助できない。

何かないかと探してみると…階段の脇にほうきがぶら下がってる。

ほうきを使って階段からドアノブを開けようとするけど…水の抵抗でなかなか開かない。やっとのことでドアを開けたら、アトムの声が聞こえなくなっていた。

家の中は薄暗いけど…水の反射で少し明るい。母の居る所に流れてきた丸太や畳を投げて何とか階段までの道を作る。

親父の居るお風呂へも板や箪笥を裏返しにして投げて階段への道を作る。

なにげなしに叔母さんの部屋を見たら、叔母さんが顔を出してこっちを見てる!!
良かった生きてた。 水が引いたら助けるからって言ったらキョトンとしてる。
叔母さんは障害者なので状況が飲み込めてなかった。

母に階段の方に道を作ったからこっちに来てくれ!って言ったら…足場が悪くて怖いって言うから、畳をもう一度投げてこれで大丈夫だからこっちに来てって言って畳を抑えながら母が滑ってくるのを抱き抱えて2階につれて行った。


次は親父を助けなきゃって母の時に使った畳の向きを変えて親父に声をかけ、ゆっくりと物に上がりながら階段の方に誘導して抱き抱えて2階につれて行った。

両親は全身泥まみれのびしょ濡れで震えている。僕の服にとりあえず着替えさせて、布団を敷いて毛布を被せて休ませた。



階段を降りて下へ行くと、もう真っ暗。水位もどれぐらいあるかわからない。

一旦懐中電灯を探しに2階に戻ると…母が泥まみれの頭に付けるライトを持っていた。
なんでも流れてきたのを掴んだと言う。


スイッチを入れるとライトが点灯!

これで叔母さんを助けられる。

水位が下がるのを待って、ライトを頭に付け一階に降りる。泥水の水温は低く足が凍り付きそう、物をどけながら叔母さんの部屋に行くと叔母さんはベッドに寝ていた。
布団も濡れてない!

奇跡的にベットが浮き上がり、水位が下がると同時にベットも元の位置に戻ったらしい、2階に一緒に行こうって言っても断るばかりで言うことを聞いてくれない。

仕方なく朝になったら迎えに来るからねって言って2階に戻った。

何はともあれ家族全員無事だった。


両親と津波が家に入って来てからの状況とどれぐらい被害があるのか?2人の姉の家族は無事か?近所の人は無事か?強い余震が何度も続き眠れないから同じ話しを繰り返して、時々外の様子を見ても水が流れていく音しか聞こえない。

何度か繰り返し外を見ていたら…近所の家から懐中電灯の光が見えた!


僕も懐中電灯をその家に向けて点滅させていたら、あっちも点滅してくれて安否確認がとれた。

近所にも同じ状況の人が居るんだと思ったらなんだかホッとした。


何度も強い余震がくる度に不安を感じながらも どうすることもできないから眠むろうとするけど…余震と興奮状態でぜんぜん寝むれない。

朝になったら夢であって欲しいと何度も思ったけど…水の流れていく音が現実の事だと思い知らせる。



3月12日

やっと外が明るくなって窓から外を見ると昨日よりも水位が低くなったぶん酷い光景が広がっていた。

家の敷地内に沢山の大木や豚の死骸が何頭も居るのが見えた。

落胆してもしかたないので、親父と僕で一階に降りて被害状況の確認と食料と水を探しに下に降りた。

家の中は滅茶苦茶で何をどうしたらいいか分からないぐらいの状態

外の水位はまだ1メーター以上あって、離れている母の店や物置には行けなかった。
家の中の水位は10㌢もないぐらい。足が凍る様に冷たい。

家の中にも豚が何頭も死んでいた。
親父と母の部屋にはまだ生きている大きな豚が布団の上に乗っていた。

とにかく食料と水を探す。家の中の物を手当たり次第にすくい上げては投げ捨て何とか水の入った2リッターのボトル3本とソーセージとカップラーメンを見つけた。

台所からはカセットコンロとボンベを見つけたけど…泥まみれで、お風呂の浴槽に水が溜まっていたのでそれで洗って乾かしたらカセットコンロ使える様になった。

これで何日間は暮らせる見通しがついて少し安心した。叔母ちゃんを2階に上げてお昼ご飯をカップラーメンで済ませて、また親父と物を探しに行く。


台所の流しの下を見たら、アトムが首輪の紐がテーブルの足に絡まって死んでいた。

泥まみれにはなってなくて全身びしょ濡れで顔を見ると眠っているみたいで今にも起きそう。

窮屈そうなので紐を外して首輪を緩めてやって、見る度に涙が止まらないから勝手口の下に移動させた。

何度も助けてやれなくてごめんって謝った。

悔しかった。


家の一階は2メーターぐらい浸水していてそれでも押し入れの上にあった衣類が無事でそれを2階に持って行った。

何度か2階に見つけた食料とかを運んで、足が限界になると休憩していると外から誰か居ますか!って、声が聞える! 窓を開けて外を見ると近所の人が家の前の道路に居て、下半身がスッポリ水の中に入っていた。大丈夫ですか!って聞かれたから家族みんな無事ですよと伝えた。近所の人はカッパを着ていて長い棒を持っていた。
じゃあ頑張ってくださいと言って水をかき分け居なくなってしまった。

しばらく物探しをして休憩をしているとヘリコプターの音が聞えて来て窓の外を見ると家から500メーターぐらい離れた養鶏場の家の上にヘリコプターが止まった。

しばらく見ていると人が救助されるのが見えた。

ヘリコプターは何度か旋回してどこかへ行ってしまった。

夕方頃から雪が降ってきてさらに寒い。

今日の物探しは終わりにして2階へ戻った。


母にアトムのことを話した。しかたがないとしか言わなかった。

食料も限られているので、夜は食事をしない暗黙のルールがあったからやることがない。

両親といったいどれぐらい被害があるのか、近所の人は無事に逃げただろうか、救助はいつ来るのか。いつまで経っても予想の話しで、答えが出ないからすぐに話が途切れてしまう。


四方の窓の外を観察していると山側の遠くに明かりが見える。

またしばらくして山側の方を見に行くと明かりがかなり近くに見えてきた。

それからしばらくすると明かりが家に近づいて来るのが見えた。

懐中電灯を点滅させて合図を送る。

あちらも気づいたのか明かりが何度も点滅する。



大丈夫ですかー!声がだんだん近づいて来て家のすぐ近くまで来た。

消防署の人がボートで近所の人を助けに来たのだ。

消防署の人が今はボートいっぱいだから後から助けに来るからって言ったので、
家には水と食料が少しあるからまだ大丈夫ですと僕と親父が言った。

消防署の人は分かりましたって言って帰って行った。


両親と近所の人が助けられたこと、近い内に必ず救助が来ることを話して、少しは安心できた。

安心感で眠りについて、朝を迎える。



3月13日


親父と僕で今日も食料や物探し。家の中の水は完全に引いていたけど、外の水位はまだあった。


家のから離れてる母の店に行く為に木の板や畳 いろんな物を拾って、家の玄関から母の店の玄関までの道を作り何とか店にたどり着いた。

店の中は家同様に滅茶苦茶でどこに何があるか分からない。

それでも何かないか探して、足が限界になると2階に戻って休憩。

しばらく休憩して山側の窓の外を見ていると重機がこっちに向かって来ているのが見えた。


両親にそのことを話すと今日中に救助が来ることが確信できた。



安心感からかお腹が減り、お湯を沸かしてカップラーメンとソーセージを家族で食べた。

重機の音がだんだん近づいて来ていて、家から50メーター位の道路の瓦礫を処理しながらどんどん海側に向かっているのが見えた。

親父と母と叔母ちゃんに、いつ救助が来てもいい様に最低限の持ち物の準備をするように伝えて僕はまた物探しに一階に降りた。

しばらく母の店から物置に行く道を作っていると消防署の人がボートで救助に来てくれた。

急いで2階に上がって救助が来たことを伝えて外に戻る。

消防署の人に家族構成や近所に誰が住んでいるか、などを伝えていると家族が外に出てきた。

ボートがある所まではまだ膝より水位があって、ボートに行くまでの道を消防の人と作っていると近所のおばあちゃんが消防の人におんぶされながら救助されて来た。


ボートに行くまでの道が出来てみんなでボートに乗ってくださいと言われた。

僕は貴重品がまだ家に中に有るはずだから家に残りますって言ったら唖然とされて
いいからボートに乗ってと言われた。

僕は食料と水があるから大丈夫ですから、早く家族とおばあちゃんを避難させてくださいって言ったら本当に大丈夫だねって言われて家族に避難所で待ってるように伝えてボートを見送った。


今まで携帯の通話もメールもダメで、電池残量を気にして電源を切っていたけど、家族を避難させたから姉と楽音氏にメールを送ったら送信できた。

これはいけると思ってtwitterに写メを投稿した。

後は貴重品を探し出して避難所に行けば良いって思って安心した。

一人になって身軽になったから、探すスピードが上がった。

暗くなるまで物を探した。水と焼酎とビールが見つかったからソーセージをつまみに酒を飲んだ。

少し時間が経つと一人の夜は危険だと気づいた。

家に居る豚はまだ鳴いてるし、また強い地震が来たら…恐怖感が込み上げてきて

気が狂いそう、焼酎をストレートで飲んでも、何杯飲んでも酔わない。

アトムを助けてやれなかった悔しさが襲ってくる。

何度も大声で泣きながら謝る。そのうちに何でこんなことが起こったのか怒りと悔しさが込み上げてきて、神に向かって問いただす。

何も答えてくれないのは分かってるけど、何か叫んでないと気が狂いそうになる。

結局焼酎2.7リットルを飲み干して睡魔に負けて眠ってしまった。



3月14日

朝起きたら二日酔いもなく、いろんな不満やストレスを吐き出したからスッキリしていた。

外に出ると大分水位が下がっていて、物探しを少しして腹ごしらえをしたら自主避難しようと思った。

物探しを終えて腹ごしらえして、アトムにお別れを言って荷造りして家を出た。

家の前の道路は横の川との境目が分からなくて、まだ膝ぐらいの水位を保っていた。

しばらく歩いて大きい道路に出ると嘘みたいに水が無くなっていた。


少し歩くと消防団の人と自衛隊が休んでいた。

みんな疲れた顔をしていた。

誰も僕を見ても話かけもしないから僕も話しかけずに避難所を目指した。

県道に出ると消防車や自衛隊の車が猛スピードで走って行く。

僕もその方向へ歩いて行くと橋の所から拡声器で津波が来るって叫んでる!

えっ!っと思って走るけどリュックを4つ担いでいる僕は早く走れない。

なにやってるんだ!って言われて腹が立った。だったら車に乗せてくれれば良かったのにって思いながら全力で走る。

やっとのことで橋に着くと、両端には消防車と自衛隊の車が居て、避難して来て人が何人も居た。


しばらく待機していると、津波が来るのは誤報だとヘリコプターが知らせに来た。

僕は避難所に移動を開始した。

避難所の小学校に着くとみんな津波が来るって騒いでいて、僕が津波が来るのは誤報だと教えてもまったく信じない。

時間を無駄に出来ないから中に進んで行くと新聞が置いてあったから貰って見て見ると…

M9.0!福島第一原発で爆発事故! えっ!? なにこれ!嘘でしょ?目を覆いたくなる様な記事の数々…。新聞なんかよりも家族はどこだ!って思って受付に聞いてみる。

受付の人は名簿がありますからか確認してくださいって分厚い名簿を何冊も渡された。

こんなの見てたら日が暮れるんで中に入って探しても良いですかと聞くと今日はここに泊まられますか?
そんなのわかりませんって言うともうここはいっぱいなんですよ。

はぁ?なんだそれ? 家族がここに居なかったらとっとと出てくから心配すんなって言って強引に中に入った。

中を探しても家族の姿がなくて戻ろうとすると、前の家の同級生が居た。

話を聞くと家の家族がここに来てないこと、原発がやばいこといろいろ聞いて頭がパニックになった。

パンの配給があるからと連れて行って貰ってパンを貰った。

とりあえず避難所を出て2人に姉の家のどちらかに行くことを決めた。


外に出ようとすると受付の人が津波が来るから外に出ないでくださいって止められた。

そんなのとっくに誤報だよ!って言っても聞かないから無理やり外に出ると知らないですよって言うからうるせー!外に出ないといつまでも情報入らねーんだよ!って外に出た。


外に居るやつらの会話は最低で窃盗の話しばかり、気分が悪い。

避難所を出ると見たことある奴に話しかけられた。


5つ下の後輩だった。自分の親を探しているらしい。

今から自分の避難所に帰るから車で途中まで乗せてってくれると言われた。

助かった。姉の家の途中まで乗せていってもらいお礼に食料を少し渡した。

がんばって生き抜いてまたどこかで会おうって言って別れた。


しばらく歩いていると渋滞の車から呼び止められた。近寄ると缶ジュ-スを貰った。
ありがとうございます。とお礼を言うと頑張ってねって言われた。

ありがたいと思ったけど、これ以上なにを頑張れって言うんだよ!って腹が立った。


またしばらく歩いていると僕の名前を呼んでる声がした。

振り返ると後輩だった。生きてて良かったって二人して叫んだ。

後輩の家は海から1キロもない。たまたま家族全員が家に居なくて助かった。

いろんな人の安否確認と僕はこれから姉の家に行くことなんかを話した。


買出しに行った帰りだからって食料を貰った。

頑張って生きていくべなって言って別れた。


またしばらく歩いてやっと姉の家に着いた。

玄関を叩くとえぇー!生きてたぁー!良かったって言われた。


どうやら姉は実家の近くまで行って様子を見て生きていないだろうと思っていたらしい。


今家族がどこに居て、これからどうするかの話しを聞いた。

どうやら姉家族同士で話し合いがあって、僕は上の姉の家にお世話になって、他の家族は下の姉の家にお世話になると決まったらしい。


色々なことがあって疲れたので早い時間だったけど爆睡してしまった。




3月15日


僕は上の姉の家に車で送ってもらい、今までの事を話した。

お風呂が使えるとのことでお風呂に入らせて貰った。

僕から流れるお湯は茶色いお湯でなんだかガッカリした。

夕方になって近くの公民館に配給をも貰いに行ったらもう配給はありませんって言われてトボトボと姉の家に戻った。

それから軽い夕食を食べて眠りについた。


これが僕の震災当日からの5日間です。


まだまだ話したいのですが、もろもろの事情があって今回はここまでです。

今後続きを書きますので良かったら見てください。

長い文章を読んで下さってありがとうございました。
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