【2013.1.4】
叔母が今日亡くなりました。未明に家族に見取られたそうです。
母の実妹になります。
優しくて可愛らしい叔母でした。
三人息子を産み、女の子が欲しかったのでしょう…私はずいぶん可愛がってもらい、何かにつけて気に掛けてもらった気がします。
叔母は妹らしく、ちゃっかりした陽気な性格に対し、しっかり者の姉として厳しく躾けられた母はずいぶんと不満だったらしくて
『妹はちゃっかりしている。妹のせいで姉はいつも余分に叱られ損をした』
妹の過ちについても『お姉ちゃんだから一緒に謝りなさい』と何の落ち度もなく謝らされてばかりだった、と、何かにつけて私に昔話を語り、この体験が『第一子大損、末っ子大得』説として母に深く、すり込まれたようです。
当の叔母にこの話を聞いたところ、一体何を言っているのと声を荒げ、『私の洋服はお古ばっかりでお姉ちゃんはいつもズルいと思っていた』と言い出して笑い話になりましたが、
立場変われば感じ方が変わるということを学んだ気がします。
ちなみに、
母の子供時代は、
姉として女手を重宝され、小学二年で病気がちな母に代わって米を炊いていたそうで、家の手伝いに明け暮れた悲しい少女時代の思い出をよく語ってくれました。
今思ってもなぜこんな話を幼い娘に母が繰返し聞かせたのか今以て不明ですが、
誰かに吐露したかったのでしょうね。
嫁に来て苦労していた生活の中で唯一の味方だと思っていた幼い娘を語り相手にせざるをえなかった母の淋しさを想うと胸が苦しく泣けます。しかし、聞かされる娘は重いですよ、やはり。低学年でしたからね。
私の聞き上手もこの辺りに原点があると思います。
◆
幼稚園の年少組のころ、
叔母の家に遊びに行った最初の記憶です。
季節は、
まだ少し花冷えのする春。
その頃、叔母の家の前は広い田んぼが広がり、薄暗い竹やぶを抜けた先にありました。
畔道には黄色いじゅうたんを敷き詰めたように
タンポポ
が咲いていました。
タンポポ花が咲く会話の外にいて、独りでつまらなくなった私は、叔母が勧めるままに家の外に出てタンポポを摘み始めました。
独り占めできる嬉しさも手伝ったのか、私は夢中でタンポポを全部摘んでしまい、
『小一時間程経って家の外に目をやると、さっきまで真っ黄色だったそこが茶色くなっていた…』とは叔母の言葉(笑)。
まさか全部摘んでしまうとは思わなかった、とけらけら笑いながら、得意げに戻ってきた私を迎えて、花飾りの作り方を教えてくれました。
なんだか幸せで楽しかったのと『全部摘んぢゃったのぉ~』と言われて申し訳がなかったのを覚えています。
でもねぇ、ずいぶんと後になってもこの話を持ち出されて困りました。
しばらく忘れてましたが
最近急にこのタンポポの話を思い出し、叔母を思い出した矢先の連絡でした。
悪いことも、何も知らなかった私には叔母がお別れを言いに来たのだと思うことにしました。
余り苦しまなかったと聞き、幸いだと思います。
どうしても一目、顔が見たかった私は日帰りでお参りに行きました。『気を遣わせて迷惑になるから絶対に行くな!』と母から言い遣っていたにもかかわらず、ナイショで行ったのです。(どうせばれるんですが…)
母親ッ子だった従弟の憔悴ぶりが辛かった。
また1人大切な人を失いました。
ありがとう、おばちゃん!
…合掌。

