私は、2人のヨガの先生についています。

ひとりはアーサナ(ポーズ)の先生で、もうひとりはヴェーダの教えの先生。


先日、同じタイミングで、人を教えることについての話があり、考えさせられたので、シェアします。


まず、ヴェーダの教えの先生。

「日本人は、すぐに教えようとする傾向が強い。私は15年以上先生のもとで学んで、やっと教えてもいいと言われた。あることを学んで、人に教えるというのは、自分自身がその教えの本質を深く理解していなければならず、それぐらいの期間が必要である。」


アーサナの先生。

「ポーズを教える時、一番気をつけていることは、ケガをさせないこと、痛めないこと。見ていて、「このやり方を続けていたら、痛めるな」と思えば、それをアジャストする。もしも、今それを言うと、この人はヨガをやめるかもしれないと思っても、痛めさせないために、伝える。それは、自分の中に、ヨガを通して穏やかに楽しく生きて行くという信念があるから。ポーズが出来る出来ないではなくて、自分の信念に立脚した教え方をすれば、一番伝わる。」


そして、2人の先生が言いました。

「見ていると、その人が、学ぼうとするアンテナが立っているかどうか分かる。アンテナが立っていない人に教えても、入っていかない。だから、その人のタイミングを待つ。学びは、教える側の問題というよりも、学ぶ側が準備が出来ているかどうか。準備が出来ていないと、学べない。」


何かを教えている方、自分の信念はどこにあるのか。

何かを学んでいる方、先生の質を問う前に、自分の準備は出来ているか。


改めて、立ち返りました。