Six -smile.- Anniversary

Six -smile.- Anniversary

宮島青紗小説プロジェクト
「Sixmileanniversary」
オリジナル小説を掲載しております。

7月★BRAVE NEW WORLD★
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 珍しい客だ。窓に感情があるなら、そんな声が聞こえてきそうだった。そもそも窓は生物学的カテゴリで分類できるのだろうか。夜は眠っているだろうに。そのような余談を右脳で転がす余裕など決してないのだが、実に想像しがたいことが起きていた。
明日は世に出るらしい。仮定形にしたくなるほどである。明日というのも神経質できめ細かい会社員などに言わせれば今日、なのだけれど。人は不思議だ。朝にならないと今日という区切り方をしたがらない。そういえば忘れ物があった。本当の用件はこれである。

 別に窓を擬人化したいほど寂しいわけでも、会社員をなじりたいほど苛苛しているわけでもない。ただ、ただ動きたくて仕方がないのだ。止まったらしぬ、それは鮪だけではないらしい。いつもより暗い道を歩いてきた。何人の影を見ただろうか。ここは都会の最も端に位置する。灯りがあるとて、2秒とかからず数え終えてしまう。外に出る人間として不相応なことに繁華はあまり好まないため、ギラついていないのはありがたいが、それでも実需として困ることくらいはある。例えば今、目の前に流氷の人波が押し寄せたら、何人の脚を踏むことになろうか。ライト機能は搭載されていないため、どこか知らないバンドのプロモーションが流れている。右手の小さな電子だけが頼りだ。


キャンディー


 約束があった。五年経って何も変わらなかったら再デビューは認められない、と。揺紗
はアーティストの一人だった。過去の信頼と未来の末路がイコールとは言い切れないが、彼はいつも不安でいた。その『五年』を今日迎えてしまった。厳密には朝まで四時間と二十分。変わらない。変わらなかった。変わらないというよりかは、全国分散がならなかった。東京一位、神奈川二位、愛知三位。今宵の灯りと同様、端までは届かないものだ。
 子供心というコンセプトを掲げているバンドだった。いつまでも「見たものを新鮮に思うきらきらした気持ち」を忘れないように、と。教師が校則を、警察官が法律を遵守できていなければ、意味がない。人に何かを提唱する場合は準備としてまず先に伝え手側がそれを達成できていることが大前提なのである。永遠不変の法則。物理の教科書にはないが。
 それが叶っていなかった、と言われてしまった。あまりに罵声だ。真実なのだろうか。「子供心」って、なんだろう?


キャンディー



 暗い裏道を通り抜けて、大通りに出る。灯りの数はほとんど変わらない。時間帯のせいか、ときどき車が通る。一時間に二台は見えるようだった。音は寸ともしなかった。最新の車種か。一人の足音だけがメインボーカルを執る、伴奏のない独りよがりであった。ここまで、二十分ほど歩いた。一度も後ろを振り返ることはなかった。
 初夏色の風に、通りを挟んで向かい合わせの森がなびいていた。初めて耳が息をした。都会の雑踏は苦手だ。それでも彼は外へ出る。心で深呼吸。三歳で見た完璧な青空のように、首が痛むほど高くそびえる扉の前に立つ。その姿を誰が見ていよう。勇者を讃えるような言い回しだが、彼は忘れ物を取りに戻ってきた、それだけである。

 国の常識で考えれば、真夜中のビルは普通、施錠されている。端とは言えど田舎ではない。ある程度、地方版に載るくらいの事件は起きる。鍵を持っていた。一人のアーティストとなる時に、当時のマネジャーが内緒でくれた。まだ返していなかった。ついでだから帰る前にこれも返していこう。直接手渡せないのが悔やまれる。警備員とは顔を合わせたことがない。名前も聞いていない。これが五年間も業界にいた者の終わりだと思うと、発つ鳥は跡を穢す。

 就業時間というのは明確にはあまりなかった。業界人の生活は変わっている。タイムカードは要るのだろうか。警備員ではないが、このビル自体の夜間総合受付の一角に係員が一人いる。曖昧だが、今日はあの本を読んでいない。散散とした机にブックカバーが見当たらないところから、おそらく新聞を読んでいるのだろう。彼は本か新聞を読む以外しない。幸い、白いテーブルの角から約七センチメートルに置かれた小さな丸型のカップは底が見えかけていた。壁の時計は針が見えない。深夜の仕事というのは実に負担が大きい、そう思った。彼らには時刻・曜日感覚が長らくなかった。そこへ立ち寄ろうとしたが、如何せん覚醒していない様子が見てとれるため、盗人と勘違いされては話にならない。やめることにした。ビル内の監視カメラに映るのは、中の総合案内以降だ。基本的に事務職中心の企業が集合したビルであるため、仮に不法侵入したとて、何せモノがない。置いていないのだ。カメラはないが、扉の入口に不審物判定機器の内蔵された柱がある。彼は金属どころか両方の手持ち無沙汰だ。その時、真っ暗なはずの通り――揺紗の背後至近距離十センチメートル――を二輪車が走った。眩い光だ。紀元前に原始人が初めて温泉を掘り当てたような、長く待った感覚。不意に眼を守ろうと左腕を頬にあてた瞬間、文字盤が飛び込んだ。二十六時三十分。かかったはずの移動時間から、ゆうに一時間と五分が過ぎていた。体内時計というのは不確かだ。
 記者会見こそないが、終わりでも始まりでも人前に立つ。早く帰らなくては。ミイラ獲りがミイラ、ではないが忘れ物が何であったのかを忘れる前に、急ごうと思った。明日どうしても、必要なのである。


 最後に風が吹いた。覚悟を決める。時間が止まりそうだ。人差し指がつれていく。

 揺紗は扉を開けた。


キャンディー


-BRAVE NEW WORLD-


 朝だった。それも、ビル内の専属スタジオでも、寝慣れた狭いベッドの上でもなく。少年――揺紗という――は、まだ自分自身に気付いていない。鏡がないのだ。新作ゲーム攻略本の発売日を待つ小学生のように、不安とどきどきを幾度も交換しながら、歩き出す。
 そこは、近未来の郊外都市を思わせる森だった。幅の細い小川、傾斜の緩やかな丘、遥か遠くには令嬢家のような豪邸が見える。動物は見たところあまりいないようだ。人間はどのくらい住んでいるのだろう。そもそも、ここは国内なのだろうか。インフォメーションに囲まれて生きてきた彼には、指針を失った船の気持ちが分かるようだった。一羽のカラスが森を掻き分けて奥へ飛んでいった。この世界にもカラスがいることを認知した。知っているソレよりは小さく、攻撃性もないようだ。ゆっくりと歩きながらときどき足元へ眼をやると、触れてよいのか分からない花が咲いている。踏まないようにというくらいの配慮はする。

――――あそこはインフォメーション?
 揺紗的通称「令嬢家」を目指す。

 目印のように中心だけが道路となっている一本道を進む。周りは一面緑色だ。季節が冬でないことは分かる。どきどきしながらも、ずっと進んできて揺紗は、ここには人はいないのではないかと、思った。どんなに人口減少が騒がれている農村でも、牧場の老夫婦の姿くらいは簡単に見かけられる。辺りの明るさから、朝方のせいでまだ人が出歩いていない。そういうことにしておきたい。

 「令嬢家」はいざ辿り着いてみると「家」どころではない規模であった。孤島に建てられた旅行客用ホテルのように、何もない緑の中にただ一つの荘厳さを放った。またドアを開けたら世界が変わる、揺紗の中にそんな小さなトラウマが生まれ始めていた。でも開ける。ここがどこであるのか、まずそれだけ知りたい。
 変わるのなら変われ、そんな思いで手をかけた扉の奥から小さな物音がする。最低でも一人は住人がいる世界、揺紗の第一印象。

 「あの」

 震える兎のような声で先を覗いた。それと同時に、眼を疑う。疑うしかなかった。500年に一度出会えるか否かレベルの、神の雰囲気をまとった青年。青年というにはもう少し上にも見えるが、中年というニュアンスでは語弊がある。

 「どうやってここへ」

 あまり驚いていない表情だ。それがかえって揺紗を待っていたかのように思えた。人がいたというのだけでも戸惑ったのに、いきなり会話を迫られる。言葉をきりだせない。声が喉元で止まりそうだ。

 「・・・・・・扉を開けたら・・・・・・そこからは覚えていません・・・・・・」

 段々と小声になる。語尾は空気。

 当然、とでもいうよう。模範解答、正解って感じだ。青年は伝えたいことを温めていたらしい。中へ、と連れ込まれた「令嬢家」は、人の家ではないみたいだ。わずかでも触れれば価値を左右することになりそうなほど、一つ一つ置かれている全てが高級感を醸していた。外国の大学を思わせる。テレビで見たような壷や壁掛けの絵画、シャンデリアが『通常運転です』と声を揃えそうな一瞬。手を引かれるままに、第二の別世界へ誘拐されるかと思った。基本的に小部屋には鍵がかかっているようで、青年は扉の前で手から零れそうなほどの鍵の束から203を選んだ。これから連れて行かれる世界の名前だ。

 小さな部屋。本当に小さい部屋だ。例えるなら、駅前にある喫煙スペースレベルの。そのような狭い一角に、割とインテリアはぎりぎりの良い感じで配置されている。凄く、大事なものがしまわれていそうだ。この世界では素人の揺紗でもそれくらいは分かった。中に入ってすぐのスペースとその正面、窓側の最も奥に椅子、それらを繋ぐように長方形のテーブルがある。もちろん触れてならなそうな材質だ。アンティークを思わせる。西洋から取り寄せたのだろうか。想像に馳せていたのも束の間、青年は茶を出すまでもなく唐突に尋問してきた。面接官のような声だ。正面の揺紗は現時点で心拍数200をゆうに超えていた。

 「この世界に一つしかないものは何だと思う?」

 ・・・・・・はい哲学。豪邸に住んでいる――厳密には違いそうだが――と頭までエリートになるのか。全くそれとこれとは関係がないよ、と少し笑った。揺紗は正解のない問いが苦手だ。そんなもの、幾重にあるでしょう、と答えるまでだった。空、月、太陽、東京・・・・・・。考えれば一つや二つで済まないことくらい誰でも分かる。でも揺紗は言わなかった。初めて会った人と初めての会話で初めて嘘をついた。

 「分かりません・・・・・・」

 あまりにも寂しげに映ったらしく、青年はそんなに肩を落とさなくていいよ、と宥めた。これは親が宿題を解いてはくれないことと似ている。解いてくれない代わりに答えを導く方法あるいは手段、激励をくれる。

 「それをあなたはもっている」

 ・・・・・・はぁ。哲学の次は宗教か、と思ってしまった。いきなりそのように決め付けられても。個性ということだろうか。しかし個性が答えならば、この青年だって、誰だって持っている。あなたは、という箇所の強調が揺紗を特定した。そうだとすればやはり分からない。何を言っているのか、大丈夫だろうか、青年は信じて良い類の人物なのだろうか。揺紗は人を信じることも少し苦手だ。

 「この世界にそれを齎しに来たのだろう」

 理由はどうであれ、青年が言うに揺紗はこの世界に来る運命だったらしい。理由があるなら仕方ないとも思えた。揺紗には理論的思考の癖がある。ゆえに突拍子もないことが最も嫌いなのである。よく分からないというのが正直だが、何にしても必要とされているらしい待遇を受けるのは久しい。悪くないか、揺紗はこの世界を受け入れる準備を始めていた。

 「そのステッキを頼ってみるといい。あなたの味方をしてくれる」

 ここでふと気付いた。揺紗は鈍感でもあった。明確意識の範囲内で60分、ずっと右手の感覚に気がつかなかった。全然根拠が見えないけれど、揺紗は確かにステッキ――簡単に言えば西洋の杖――をもっていた。そういえばここまで歩いてくるのに少し楽だったような気にもなる。しかし杖を頼れというのも失礼ではないか。齢、24。
 失礼極まりない、と言う代わりに、用途と詳細を訊ねた。今が真冬で、道の9割がアイスバーンというわけではないし、季節感覚がややずれているのではないか、と思ったのだ。青年いわく、季節は関係がないらしい。ただ一つだけ強調して言われたのは、どんなときも傍におきなさい、と。いっしょにいなさいということらしい。揺紗はペットを飼ったことがない。幼少から両親が厳しいほうで、責任感の欠如がなくなるまでは、すなわち一人前になるまでは動物を飼ってはいけないと教えられていた。その点では嬉しいのかもしれない。少しだけ、喜んだ。鋼鉄甲冑のように重いわけでも、冷房器に吹かれる紙きれのように軽いわけでもないため、もっていて煩わしくはない。

 「ありがとうございました」

 一通り話を終えて、椅子から立ち上がろうとする寸前で、最高のクライマックスを用意していた演出家のように青年が用件を付け足した。揺紗は記憶力に関してはどうであろう。一日5件程度までなら重要なことを言われても覚えていられる。

 「一つ言い忘れた。これを持っていくといい。一日一回、ここに記されている小さなテストに取り組んでごらん。猶予は1年間。何かを感じたらここに書いて毎日同じ時間にもってきなさい。場所と時間は後ほど教える」

 子供心を提唱し続けてきたとはいえ、リアル子供じゃん、と揺紗は微笑した。宿題なんて出されるのは何年振りだろう。救われたといえば救われたのかも知れない。この世界での過ごし方が分からない揺紗にとって、道しるべとなりそうだ。まだページを開く勇気はないけれど、その厳かなる重みが少々心地よかった。ここが国であるかは聞かなかった。

 反対向きのドアを開けたら、世界が始まる。





*BRAVE NEW WORLD-STEADY-*
 つまらないというのは降参の代名詞だ。いつも心においていながら、どんなことがあろうと口から出してはいけないと思った。一度噛み砕いたものは戻せないように。というよりは躰に染み着いたか、『当たり前』というのが人間であったなら、とうに飼い慣らされているだろう。

 交差点から2分の地点でバスに乗る。車体識別番号は06。いつもの座席は空いていない。仕方なく、乗り口から最も近い奥の一人席に座る。乗る瞬間、その右斜め上段に座っているやたらと目つきの悪い中年がこちらを睨んだ。何が目につくのか、皮肉にも”つまらなさ”を売ってほしそうな子供の強請り顔。残念だけど運命は取り替えられないよ、そんな風に冷たく笑う。そうでもして刺激を書き足さないといけないほど平らな世界の住人、世界は彼を揺紗という。揺さぶられろ、の短縮版の新しい罵りか、とでも思っているうちに11年が過ぎた。実際の名前ではない。


キャンディー



 箱というのは蓋があるケースのことを指す。つまり簡単に上から摺り抜けていったり、穴もなしに下へ落ちたりはしない。しかし、蒸発「させてしまう」はよくある。そんなことが本当にあった。

 八年前だ。揺紗は前身のバンドにいた。殺伐とした一日だった。入り口が赤に染まるような事件とは言いがたいが、それが今の彼の立ち位置の理由だ。正直者は馬鹿でなく、何を見るだろう。素直と純粋と不安定が鬩ぎ合う。「あのさ」何十年も隠し事をしていた教師が生徒を見るような眼で、鉛の口を開いた。嘘でないことを前提に再現する。

 「僕は信じられないんだ」

 童話を否定し始める思春期の少年みたいに言った。結論を先に述べる辺りが妙に大人びているが、普通のアーティストのMCとはとても思えなかった。この後彼がどんな物語を紡いだか。一言で言うならば、信じる者への裏切り。百人いたとて百人全てへの言葉ではない気もするが、とにかく今日まで信じてくれた人達をいきなりそうでないというのだ。掌どころか彼は世界を翻したように思えた。

 青紗という少女がいた。彼の彼女らしい。どうやら本宣告の切り口だそうだ。具体的には明かされていないが、彼女のいちばん望まない答えを導いたのは確かだろう。もう何も見たくないような眼で彼女は最後列から彼の言葉を呑んだ。信じられない。そんなふうには、思わなかったかも知れない。彼の言葉が終わりを知らせる3秒前に彼女は外へ出た。本当に伝えたかった相手が自分であると判断した上での行動、それくらいは分かった。

 仲が良かったのかは定かでない。

 公演が済んで、彼は第一に向かう指標があった。急いでいる様だ。雨で少し脆くなったアスファルトを蹴って走る。逃げられないという現実感か、僅か一パーセントの本音か。非難されることは決まっていた。彼女の真理に通らない事態だからだ。会場から数十メートル先まで、通りに人だかりができている。これが毎日テレビに出ているアイドルなどであったなら、野次馬を帰すための警備員がいてもおかしくない。マゾヒストではないが、彼女だけには最後に叱られたいと思った。彼の最後だ。青い風は誰のために吹くだろうか。別な世界へいきたい、揺紗はそんな思いを馳せた。

 「お疲れ様」
 
 その後ろには笑顔の欠片もなかった。
 なにもできない、そう思った。


















*BRAVE NEW WORLD-Prologue-*