退院から経過観察を経て、再発が発覚するまでのことを記載しておきます。
退院後、一か月の療養が必要ということで入院期間含めて2か月間の休職。
2023/1
復職前に経過観察一回目。
血液検査等診断。結果、問題なしと判断。
腫瘍マーカーの数値はやや高め。
2023/4
経過観察二回目。
血液検査等診断。問題なしと判断。
腫瘍マーカーの数値下がらず。。
引き続き経過観察。。
2023/7
血液検査等診断。腫瘍マーカーの数値が上昇。
急遽CTを撮る。
2023/8
CTの結果、右肺、左肺共に転移発覚。
右肺に2個、左肺に1個。
右肺の1個はサイズが4cmを超えていた。。
この状況を受けてPET-CTが急遽追加された。
わたしは激しく動揺した。
なんだこれ、癌は早期に適切な治療をすれば治る病気じゃなかったの?
ステージ1だったよね?
嘘、まさか、そんな。。
この状況を受けて、わたしはこの病気の本質が何なのかを初めて理解した。。
転移が驚異的に早い。
予後が不良で極めて悪質性の高い肉腫。
ネットで調べまくった結果は、再発転移は当然あるものとして覚悟しておく必要があり、転移腫瘍をいかに早期に発見し、手術で取り除くことが予後を保つ唯一の方法であることだった。
動揺しつつ、ネット情報で知った著名なK病院のT先生にショートオピニヨンを予約した。
深夜にネット予約したにも関わらず、翌朝には病院から連絡があり、当日の18時と指定されてきた。
子宮平滑筋肉腫で再発したことの緊急度を判断してくださったのかな、と思った。
予約当日はPET-CT検査の結果が分かる日だった。
主治医から、他臓器への転移は認められないものの、胸部外科で右肺に新たな1個を指摘。
計、右肺3個、左肺1個という結論となった。
サイズは4cm1個、他は1cm以下。
提案された治療方法は以下の3つ。
1 右肺の3個は手術で取る、左肺の1個は血管が近い。右肺と左肺を同時に手術することは出ない。よって、重粒子線を当てる。
2 手術せず、抗がん剤治療
3 何もしないで経過観察
説明を聞いたとき、まず、何もしないで経過観察ってなに?何もしなかったら余命は1年とかじゃないの?と思って、家内がいる前で言いたくなかったが、ストレートに聞いた。
「何もしなかったら余命は1年ということもありますよね?」
主治医からは「はい、そうです」と言われた。
即座に、「その選択はないです」と答えた。
疑問は続く。
そもそも何で4cmの大きさになるまで発見できなかったのか。悪性腫瘍は急速に大きくなるとは調べた結果わかっていたが、4月に経過観察となったものが、7月に4cm大の腫瘍がありますってどういうこと?
主治医は、標準的な経過観察ではCT撮らないですから。。
と言いにくそうに言った。
そういうものなのか、と思ったが、正直、不信感が芽生えたのも事実だった。
K病院のT先生にショートオピニヨンを入れた話をここで持ち出した。
主治医は少し「えっ」という反応をしたが、「たくさん症例を診ておられる方ですよね」と知っておられた。
ショートオピニヨンを経て、セカンドオピニヨンをすることも伝えた。
このあと、手術はしてほしいが、重粒子線はセカンドオピニヨンの結果で判断したい、ということを伝えた。
主治医からは時間を経ると外科手術も出来なくなるので、急いだほうが良いということだった。
情報提供資料は急ぎ準備する、とのことだった。
なお、重粒子線の予約は入れて良いか、言われてお願いしたが、通常は重粒子線の予定を押さえて外科手術の予定を入れるが、緊急度が高いため同時並行で進めている、ということだった。
腫瘍がここまで大きくなってしまっているという状況に納得できないものがあったが主治医なりに最善は尽くしてくれているとも思った。
18時からショートオピニヨン。
K病院のT先生に経緯を説明。
開口一番言われたのは、経過観察でなぜ毎回CTを撮っていないのだ?だった。。
大きさから言って、1月には芽が出ていたハズということだった。
標準治療ということでした、と説明したところ、子宮平滑筋肉腫の経過観察では通常CTを毎回撮るんだ、と言われた。
治療提案についても重粒子線は正常細胞も大きく棄損する。ラジオ波という手もある、基本的には手術で取ることが最善。
肺の手術は超一流の医師が担当しないと難しい。この病気は転移再発するので、次の手術のことも考えておかないとダメだ。ということだった。
今までの治療情報をすべて提供してもらい、確認後にすぐに診断の予約を入れる、という話になった。
ここまでが、先週の金曜日のお話。
本日、胸部外科で初診。同時に情報提供資料を入手し、速達でK病院のT先生に送付する予定。
家内の現状は自覚症状がなく、いたって元気。初期段階だからであろうと思う。
毎日、できるだけ一緒にいるようにしているが、いなくなったらと思うと不安で仕方がない。
息子のほうが大人で、悲観的に騒いでも仕方ない、逆に明るい気持ちで回復を信じて頑張るんだ、って言ってくれた。
あんなに小さかった子が、と涙が出た。
頑張ります。