余白の白に残されていた言葉たち

余白の白に残されていた言葉たち

この汚い世界で生き残った言葉たちの集積地

 

赤い満月が、地球の淡い影に侵されていくその下で

 

そこは重力すらが不平等だった。

 

 

 

 

光のまったくないコンクリートのような

 

固い闇の中に私は立ち尽くす。

 

 

 

 

見えない夜の闇の中に、ただ夜明けを待つしかない

 

小さな野鳥のように、

 

理不尽な自然の摂理にただその身を任せるだけの

 

私はそんな末梢な存在。

 

 

 

 

「泣くなら泣けばいい」

 

 

 

 

太陽はそう言うが、

 

泣くことすらもできない不条理が

 

この世界にはたくさんあって、

 

それをただ全身で受けとめる

 

しかない人間ってのがいる。

 

 

 

 

太陽はそれを知らない。

 

 

 

 

太陽はいつだってそんな位置にいる。

 

 

 

 

 

僕には何もない。

 

 

 

 

人を楽しませる音楽を奏でることも

 

 

人を幸福にする美しい容姿も

 

 

人を興奮熱狂させるスポーツをする技術も

 

 

人を苦しめる悪を倒す力も

 

 

人を病気や苦しみから救う知識も

 

 

 

僕には何もない。

 

 

 

 

 

だから、僕はこの世から、人知れず消えてゆく――。

 

それが、一番人のためになるから。

 

 

 

 

 

 (戦争の時代には戦争の時代の苦しみがある)

 

 

 

 (貧困の時代には貧困の時代の苦しみがある)

 

 

 

 (平和の時代には、平和の時代の苦しみがある――)

 

 

 

 

 

 

 

 平和の戦争は今も続いている――。

 

 

 

 

 

 今年も、二万人以上の命が戦死した。

 

 

 

 

 

 平和の戦争に銃なんかいらない。

 

 

 

 爆弾も、ミサイルも、戦車だって、戦闘機だって必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい視線と

 

 

 

 

 冷たい言葉と

 

 

 

 

 冷たい笑いと

 

 

 

 

 冷たい態度と

 

 

 

 冷たい空気があればいい。

 

 

 

 

 殺す必要だってまったくない。

 

 

 ほっといても、みんな、苦しみ悶え、自ら死んでいく――。

 

 

 

 

 

 

 

 平和の戦争は、命だけでなく、深い魂までをも殺す――。

 

 

 

 

 

 

 彼は孤独だった。

 

 生まれてから一度も、友だちができなかった。

 

 

 

 彼の家は、古ぼけた木造アパートの一室で、親は飲んだくれの父親だけ、風呂もなく、いつも体は汚れていた。

 

 

 

 彼は友だちが欲しかった。

 彼は、小学校三年生の時、初めてそのことを思い切って担任の先生に話した。

 

 

 

「友だち?作ればいいじゃん」

 かんたんに、あまりにもかんたんに、その先生は言った。

 マリーアントワネットが

「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」

 と言ったみたいに、その先生はなんてことないみたいに言った。

 

 

 

 真っ赤な口紅のよく似合う先生だった。

 

 

 

 

 

 彼は、四十を少し過ぎた今も一人だ。

 

 

 食事よりも多くの精神薬を飲み、彼は毎日孤独と戦っている。

 

 

 救いのない永遠の孤独と――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は四天王の一人だった。

 

 

 クラスの嫌われ者の――、汚い女子の――。

 

 

 彼女たち四人はいつも固まった。休み時間も、トイレに行く時も、給食の時も、下校の時も、いつも一緒にいた。

 

 

 教室という牢獄の中で、同級生という敵から、自分たちを守るために――。

 

 

 彼女の持ち物はすべて彼女の菌で汚染されていた。だから、同級生たちは、彼女のすべてに触れたがらなかった。触れてしまったら、それは同級生たちにとって感染を意味した。

 

 

 クラスの男子は、彼女の給食袋をサッカーゲームのように蹴り合った。

「汚ねぇ、汚ねぇ」 

 と、笑い、楽しそうに叫び合いながら。

 

 

 

 

 彼女は、自分がとても汚いと思った。

 家に帰ってから何度も何度も自分の体を洗った。何度も何度も、皮膚が剥けて、血が滲んでも、それでも洗った。ひりひりとした痛みで涙が出ても、彼女は体をこすり続けた。

 

 

 

 

 彼女は大人になり、結婚し、子どもが出来て、自分を愛してくれるたくさんの人に囲まれても、自分は汚いのだと思い続けている。

 

 彼女の二人の子どもたちは、彼女のことを世界で一番きれいなお母さんだと思っている。

 

 でも、彼女は自分は穢れていると――、愛される人間ではないのだと――、心の底から思っている。

 

 

 

 

 

 

 彼女は、ある晴れた日の午後、マンションのベランダから飛び降りた。

 

 

 

 その日、近くの公園では桜が満開に咲きほこり、そこに生きるすべての生命は、春の喜びに満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は小さな時から体が人一倍大きかった。小学生の時に、一人だけ中学生みたいだった。中学生の時は、高校生みたいだった。高校生の時は、大学生みたいだった。

 

 

 

 顔はゴリラみたいで、それだけで意味もなく笑われた。

 

 

 

「怖い、怖い」

 彼が廊下を通ると、女子たちはそう笑いながら逃げて行った。

 

 

 

 運動会の時、観衆の視線が自分に集まるのが分かった。

 

 

 

 すべての視線が、弾丸となって彼の人格と自尊心を貫いた。

 

 

 

「何あの子」

「何あれ」

「おっきいね」

「あれ、小学生?」

 実際には聞こえない、そんな声が笑いと共に聞こえてくる。

 

 

 

 

 彼は震え、そして、心の底から自分は醜いのだと思った。

 

 

 

 

 思春期を少し過ぎた頃、本当に心から彼を愛してくれる女の子と出会って、その子が、キスも、その子の持っているすべてを開け放してくれても、自分は愛される人間じゃない、世界一醜い人間なのだと、彼は確信している。

 

 

 

 

 今、彼は家から一歩も外に出ない。

 

 

 世界は戦場で、人はみな敵だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争は終わった

 

 

 

 

 でも、平和の戦争は続いている。

 

 

 

 

 

 見えない銃弾が飛び交い

 

 

 

 

 

 冷たい空気が銃剣のように突き刺さり

 

 

 

 

 

 冷たい笑いが爆弾のように自尊心を破壊する。

 

 

 

 

 

 言葉にならない敵意をいつも背中に感じて

 

 

 

 

 

 心はいつも一人砂漠を歩いている。

 

 

 

 

 

 

 平和な戦争は今も続いている―――。

 

 

 

 

 今の

 

 

 

 この時も

 

 

 

 

 当たり前にある平和な日常のその中で・・

 

 

 

 

 

(けっして終わりのない詩)

 

秩序のない言葉たちの集積地

 

それは意味のない世界の――

 

 

 

愛していることのさながらに

 

闇は跋扈する。

 

「さあ、歩きだそう」

 

言葉のままに。

 

 

 

少女は血が通い、その白い小さな腕は通りの小路の薄闇に消えてゆく。

 

 

 

誰も知らない言葉

 

それは確かに存在する。

 

 

 

この体は不可逆的な破壊の中で生きている。

 

私たちはなんて残酷な奇跡。

 

 

 

「世界は相対なのだから、世界のすべてを言葉にするなんてのは無理だろ」

 

って誰か言ってくれよ。

 

 

 

消えていく言葉

 

生まれてくる言葉

 

世界の始まりの言葉

 

生きている言葉

 

死んでいる言葉

 

 

 

言葉の世界で生きている。

 

それは時間であり空間。

 

宇宙は意識。

 

意識は言葉

 

 

 

――誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか?――

          

                   自殺する前の芥川龍之介

 

 

 

人を殺す言葉。

 

言葉は続く。

 

どこまでも・・。

 

 

言葉に秩序なんていらない。

 

哲学を齧り、この世を知ったかぶった奴は大概言葉の中にいる。

 

 

「肺がね。ここ。黒くなっているだろ?あなたは将来酸素吸入だね」

 

診断が下る。

 

 

 

GIY・BYE

 

冷笑

 

いつでも修正の利くデジタルな言葉。

 

 

 

 

 

「僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安」

 

 

                  芥川龍之介

 

 

 

世界は何でこんななんだろう・・。

 

もう、すべてを終わりにしたい。

 

そんな衝動――。

 

 

 

結局、救いなどどこにもありはしなかったのだ。

 

 

 

 

論破の果て・・。

 

 

言葉の孤独。

 

 

 

 

愛してやまないあの子。

 

 

いつだって本当に欲しいものは手に入らない。

 

 

理想は言葉の中。

 

 

 

 

 

――僕はこの二年ばかりの間は死ぬことばかり考へつづけた――

 

             或旧友へ送る手記   芥川龍之介

 

 

 

 

 

「誰だって、死にたかないさ。それを死ぬんだからね」

 

おじさんは言った。

 

 

 

誰も知らない孤独。

 

 

 

私をブロックする相手の写真はやさしく笑っている。

 

 

 

言葉の暴力。

 

呪いの言葉。

 

絶望的な言葉。

 

とどめの言葉。

 

 

 

世界は腐っている。

 

 

 

「死んじまえ」

 

 

 

世界のすべてを表す言葉

 

 

「オーム」

 

 

 

混沌を言葉にする。

 

概念。

 

それは生きていない言葉。

 

 

 

 

色即是空、空即是色

 

 

 

私は私ではなく、しかし、私は私に帰る。

 

 

 

諸行無常、私たちは瞬間瞬間輪廻する。

 

それが永遠に回り続けるという業。

 

 

 

現実化する観念。

 

観念の世界に人は生き始める。

 

 

 

生き地獄。それは確かにある。

 

 

 

死の宣告を受けに行く。

 

 

 

なんか生きている私。

 

死んで行く私。

 

 

 

私は心。

 

心は私。

 

心は言葉。

 

言葉は世界。

 

 

 

一人称で語られる三人称

 

二人称の中の私とあなた。

 

あなたのいない二人称。

 

そして、客観を超えたもう一つの称。

 

四人称。

 

私という主観の作り出した客観。

 

 

 

 

愛しているのは確かにあなただけだった。

 

意味のない言葉の羅列

 

価値のない言葉

 

 

 

言葉のない世界。

 

言葉で認識できない世界。

 

 

 

 

複雑な希望を抱き、

 

複雑な絶望の中にいる。

 

 

 

 

「誰も愛してはくれないんだって」

 

誰も愛していない愛の中を彷徨う。

 

 

 

音と意味

 

言葉――言葉

 

言葉と言葉の間。

 

 

 

 

「誰も愛していないんじゃない」

 

「誰にも愛されていないんだ」

 

 

 

 

「あの時、彼は私に言った」

 

「     」

 

「何と言ったのだったか・・。あの言葉で私は

酷く傷ついた・・、はず・・」

 

 

 

 

繰り返す絶望。

 

もういいだろ。こんなこと。

 

 

 

 

ダメだと分かっていても

 

どうしようもない

 

私という法則

 

 

 

言葉のやさぐれ。

 

 

 

本当の幸せや苦しみは言葉にできない。

 

 

誰も知らない世界。

 

そこに言葉はなかった。

 

 

「・・・」

 

誰も語らない言葉。

 

言葉の沈黙。

 

 

 

人類最後の言葉。

 

「おかあさ~ん」

 

そして、人類は消えた。

 

 

 

貪ることなく、詐ることなく、渇望することなく、

見せかけで覆うことなく、濁りと迷妄とを除き去り、

全世界において妄執のないものとなって、

犀の角のようにただ独り歩め。

 

  スッタニパータ「第一 蛇の章」 「崔の角」より

 

 

 

加速する言葉

 

 

言葉だけが独り歩きする。

 

 

口先だけの言葉

 

 

中身のない言葉

 

 

誰も信じない言葉

 

 

「暗い、悲しい日々が時として余りに多過ぎないだろうか?」

 

「すべては余りにも惨めで、不足がちで、消耗しきっている」

 

「すべては何と絶望的であることか」

 

「将来のことを考えると、僕は暗い予感に圧し潰されてしまう」

 

             ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

 

 

 

「副業で今なら月収三十万円可」

 

偽りの言葉

 

いつもあなたは友だちのふり

 

 

 

学歴詐称。

 

いつだってあなたの存在は詐称されている。

 

 

決して君の心に届かない言葉。

 

誰にも届かない言葉。

 

 

「お前なんか愛していない」

 

嘘つき。

 

 

 

偽者たちが、今日もマイクを使って

 

嘘の言葉を並べ立てる。

 

嘘も百回つけば本当になる。

 

 

世界の本当はいつも偽物ばかり。

 

 

戦争はいつもそうやって始まる。

 

 

 

まだ言葉がなかった頃、

 

人はその欲望と感情をそのまま叫ぶことができた。

 

 

愛なんて言葉のなかった頃

 

人類には愛は当たり前にあった。

 

 

 

言葉言葉言葉

 

言葉が欲しい。

 

世界のすべてを表す言葉が欲しい。

 

言葉にできない領域のその世界をも

 

言葉にして、意識に取り込んで認識

 

してしまいたい。

 

 

 

どんなにこねくりひねくった言葉の

理屈もその根底は、結局好きか嫌いか。

 

それだけ。

 

 

 

すべての存在の状態を一言で表わした言葉。

 

ドゥッカ

 

それは苦しみ。

 

 

 

世界を平和にする言葉が欲しい。

 

そんなものないと知りながら・・。

 

 

 

 

医者の言葉もカウンセラーの言葉も

 

何も心に響きはしない。

 

心の専門家の発する言葉

 

それは心のない言葉

 

それは死んだ言葉。

 

 

 

愛なんて知らないから

 

もうその言葉はいらない。

 

この世から消してしまっていいよ。

 

 

 

 

 

パワーを上げなけりゃならない。

 

すべてが腐っちまう。

 

 

 

やかんが沸騰する。

 

夏に、熱は凶器だ。

 

 

 

 

「夏なんていうのは一つの殺戮だ」

 

僕が言う。

 

 

 

 

氷に注ぎこまれる麦茶が、

 

カランカランと

 

贅沢な音をたてる。

 

 

 

 

「これがミネラルって奴さ」

 

おじさんが言う。

 

「ビタミンとミネラルをとるんだ」

 

おじさんが言った。

 

 

 

 

雨もなく、雲もなく、

 

あるのは殺人的な日差しと、破壊的な暑さ

 

夏っていうのは生きるっていうことの全力。

 

 

 

 

生きる生きる生きる

 

それが夏。

 

 

 

 

とにかくなんか分からんけど、

 

生命が猛烈に生きてしまう。

 

 

 

 

それが夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、君が君を愛するのなら

 

僕は僕を愛そう。

 

 

 

友だちのいるお前らなんかよりも

 

俺は大した人間だ。

 

少なくとも孤独と悲しみは知っている。

 

 

 

下衆な喜びは知らないが、

 

少なくともお前たちみたいのが下衆だとは知っている。

 

 

 

フランスなんかはかんたんに行け過ぎて

 

もはや何の価値もない。

 

今は宇宙くらい行かなきゃ話のネタにもなりゃしない。

 

 

 

「こんな世の中で、どうやって君を愛せというのかね?」

 

宇宙の謎を解いたとかいう

 

物理学者でも誰でも教えてくれないか。

 

便利で快適な地獄の中で

 

私たちはやさしい暴力を生きる。

 

すべてがあるけれど、何もない世界。

 

 

華やかな虚無。

 

仲間という孤独。

 

誰もいない人混み。

 

笑っていない笑顔。

 

愛のない愛

 

決められた自由。

 

心のないやさしさ

 

 

 

私たちは完全に満たされた豊かさの中で

 

満たされない何かにいつも飢えている。

 

 

 

 

 

 

 

「宇宙が一周して、

もう一度私たちが私たちで出会えた時、

世界は平和になっているかしら」

 彼女が言った。

「うん、きっとそうだよ」

 僕が言った。

 

 

 世界は今日も、戦争で溢れている。

 

 

 僕たちはその世界と同じ世界で生きている。

 

 

 

 

 

 

豊かさはないけれど、戦争もない。

 

 

豊かさはないけれど、労働もない。

 

 

豊かさはないけれど、競争もない。

 

 

豊かさはないけれど、いじめもない。

 

 

豊かさはないけれど、差別もない。

 

 

豊かさはないけれど、格差もない。

 

 

豊かさはないけれど、孤独もない。

 

 

豊かさはないけれど、学歴もない。

 

 

豊かさはないけれど、不安もない。

 

 

 

 

ここには本当の平和があって、ゆったりとした音楽がある。

 

 

みんなが生きれるだけの自然があって、酒とマリファナがある。

 

 

豊かさはないけれど、ここをみんな楽園と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

誰も知らない言葉を私は知っている。

 

 

それはとても美しい言葉。

 

 

やさしくて、温かくて、平和で、

 

 

すべてが幸福に満たされている言葉。

 

 

これをどうにかして

 

 

みんなに伝えたいと思うのだけれど、

 

 

誰も知らない言葉は

 

 

知らない人が聞いても

 

 

それはただの音でしかなく、

 

 

誰にも伝わらない。

 

 

 

だから、誰も知らない言葉は、

 

 

今も、世界の中空を彷徨っている。