感情の大掃除(デトックス)

生活していれば、日々ゴミが貯まるように…

生きていれば、流しきれずに滞る感情がある。

その感情をゴミ袋に入れて、「ストレス発散〜」とばかりに捨てた筈でも、

気づけば同じようなゴミ袋が目の前に。



「母親は笑顔でおおらかにしなくちゃ」
「家を心地よい環境に整えなくちゃ」
「子供達に目をかけ、必要な時に手を貸せる状況にあらなくては」
「他人に迷惑をかけてはならない」
「パートとはいえ、社会人として自分の責任を全うしなくては」

生きていれば…
大人になるに連れて、色んな他人の価値観や社会の「〜あるべき」定説が染み付いて、
呪いのように自分を縛ってるなーって気づきました。

矯正でもないのに、

「親に、他人に、社会に認められる、マトモな私は
それに従わなくては」って生きて来たんだな。


えらく、窮屈な生き方をしてきたものだ。

窮屈なのに、「それは当たり前の事。皆何処かで我慢して、自分を律して、社会は成り立っている。」って自分に言い聞かせてきたんだ。


そんなの本心でもないのに、
自分に戒律を設けて無理しておいて、
「幸せになりたい!でも私は我慢して、頑張っています!」って
そんな風に生きていたんだ。


そんな毎日にはね、

「こんなに頑張っているのに…
人に親切に、正しく生きているのに、
正当に評価もされない、
大して必要にもされないし、
他人から大事にされない」って、

自分の人生を自分で軽く扱っておいて、
何処かで、評価してくれない、褒めてくれない他人に不満を抱いていたんだ。




その時の自分に今、声をかけたい。


「貴方は誰かに認められれば幸せなの?」




誰かが褒めてくれても、
「全然そんな事…ありませんよ〜。」って、心から受け止めもしないのにね(笑)

「だって、そういう風に謙遜するものだって言うじゃない?」て貴方はきっと言うよね。

本当は褒められて嬉しいなら、喜べばいい。
それは、貴方の真の感情なんだもの。




誰かがどう捉えるか(どう評価されるか)…
そんな事ばかりを気にしすぎて、
貴方は自分自身の気持ちすらわからなくなっていたんだ。
そして、気づけば心から自分が何をしたいのか、
何を食べ、どんな服を着て、誰と会いたいのか…
何もわからなくなっていたんだ。


もう、窮屈に自分を縛り上げて、
自分の人生なのに他人に舵取りをさせて(他人に合わせて)、
不満をいう自分は卒業するんだ。




まずは、その一歩…



「誰かに認められないと、
と不安になってしまう貴方を否定しない。
でも、
私は誰よりも貴方(私自身)を認めているよ。
貴方が感じる事、やろうとする事は大丈夫だって
私自身が信じているよ。」

そう言い聞かせていこう。




ここまで書いてみての気づき☛


……きっとこれまでは
「ネガティブな感情は捨てなくちゃ」と
ゴミ袋にまとめて捨てるんだけど、

無意識に「〜って私の身勝手なんじゃない?普通は〜でなくてはイケないんじゃない?」って、
捨てた筈のゴミ袋を家の中に、また持って帰ってしまっていたのかもしれない。


まずは自分を認める事。
判断基準を自分に戻しながら、舵取りをしていいんだって許可してあげる事。



これで、心のままに、ブログを綴る事が出来そうです。


こじらせsisiですが、

これからも宜しくお願いします。