これから今までの治療などを振り返って綴っていこうと思います

今まで記録としては付けていなかったので、日付や数値が大まかだったり、また治療の内容や医師の指示や見解も、実際とは多少のずれがあるかもしれjません

参考までにお聞きいただければ幸いです


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結婚したのは32歳 周りは20代でほとんど結婚していたので遅めだったと思っていましたが今の世の中だとそうでもないですね

子供がほしいと思ったのは36くらい ちょうど新居を構えて落ち着いてきた頃です

はじめは自己タイミングでした 多分二年近く続けたかなぁ

私は生理も順調でトラブルもなかったので、そのうちできるやくらいでした

(あまりに妊娠、特に不妊に関して無知でした)


でも、さすがに30代も後半になり焦ってきて、近くの産婦人科に行って不妊治療と検査をしたいと相談してきました

それが2009年の2月頃。 38歳の終わりでした

検査をしたかはおぼろげですが、毎月基礎体温表も持って行き、内診で排卵を予想して指導を受けるという「ヤイミング指導」です

4周期くらいやったかなと思います


で、先生が「ご主人の検査も受けてみる?」と

精液検査ですね

一回目に数値が変なので、もう一度期間をあけて採取し直し という事になり

この時点ではそこまで心配はしてませんでした (数値はストレスなどで変動すると聞いていたので)


で、二回目の検査の結果

「精子がまったく動いていない」「みんな死んでいる」と...

頭が真っ白でした その後、先生や主人と何を話したか覚えていません

ただ、ここではどうしようもできないのでと大学病院の泌尿科を紹介されました

(大学病院についてはまた書きます)


すぐ近くの産婦人科だったので、歩いてか自転車で帰宅して、私はネットですぐさま色々調べました

「無精子症」「精子死滅症」なんて初めて見る言葉がうかんできます

精子が死んでいる⇒子供は持てない と絶望的な気持ちだったのですが、調べていくうちに精子が一匹でもいれば、顕微授精で妊娠できる! という事もわかり、明るい陽射しがすこし入ってきた気持ちでした


その間、主人はどんな気持ちでいたんだろう。。

思い出せないのですが、不妊期間中私が前向きでいたこととそれに主人が反対しないでつきあってくれたのが今にいたるんでは と思います


つづく