これから書くのは感想でも何でもない、この本を読んで現れた感情やらをただただ思うままに書き連ねるばかりの雑記でございます。

 

 さて、タイトルと冒頭の写真にもあります通り、この本は「マチネの終わりに」というものです。この本の人気はかなり高く、購入する前にチラと図書館で予約状況を見ると300件を超える予約が既に入っており、軽い絶望すら覚えたものです。まあ、結局買ってしまったわけですけどね。

 

 軽くこの本の内容にも触れていきます。ジャンルとしては恋愛小説です。若かりし頃から”天才”と言われ続けてきたクラシックギタリストの蒔野、彼と波長が合う聡明なジャーナリスト洋子の二人を中心として、彼らの恋愛、生活、人生を描いていたものです。読む終える頃には胸はなんだか空くような気持ちでホッとして、自分でも理由が上手く判別できない涙が目に浮かびました。

 ところどころ教養がもう少しあれば楽しめたところもあるのかな、と感じる場面もありましたが、それでも十分に楽しめたと感じているので、誰が読むにしろ勧めることはできるんじゃないかと思います。それに、できれば若い今だからこそ一度、読んでみてほしいと思う内容でした。

 この本の主題は一貫して、「現在から見た過去」であると感じました。それと、過去にした選択。しかし、描くのは常に現在であり続けました。それがまた、私たちが生きるこの世界のどうしようもなさを露にしていきます。

 

 私自身もそうなのですが、「あの時こんな感情を抱くことさえなければ」とか、「あの時、もしもこうしていたら」とか、無益な仮定を立てる事ってありますよね。けど決まって、そんな感情は時間が経って新たな経験をすることによって、苦いけれども味わい深い、そんな思い出へと過去が変えられてしまいます。

 

 それが本当にいいことなのか、私には分かりません。私と同世代の人であれば、誰かに語ることはないとしても「この人を超える人間は今後の人生で現れることなんてない」と思えるほどの人がいるかもしれません。多くの場合、恋愛にしろ何にしろ、その関係は結実することなく秘かに終わっていってしまうのでしょう。そしてまた、多くの人は燃える感情のただなかにいる間こそ、その感情がいつか失われてしまうことを恐れるのだと思います。私も同じです。そしてきっと、未来から当時を振り返り、いささか苦しみの減った記憶をほんの少し苦い思い出へと変えてしまうのでしょう。過去は、変質してしまうものだから。失いたくない傷も苦しみも、結局は失ってしまうから。

 

 少し話は変わりますが、この小説の恋愛は、ある種達観したはずの40に近い男女が主人公になっています。そのはずなのに、この作中で彼らはほとんど最後になるであろう、10代の男女の様にお互いをただひたすらに情熱的に求めあっていきました。そして彼らも、その過去を常に振り返りながら物語を進めていきました。

 

 故に、私は未来へ進むことなく、生きている今を未来から見るとはどういうことなのかを少し知ることができました。まだ20にもならない身のため、彼らの感情にきちんとした同調が難しい場面もありました。だからこそ、私がこれから年を取って、「今」が遠い「過去」に変わってしまって。そんなときになんとなくこの本を手に取って読んでみた時にはもっと違う感想を抱けるんじゃないかと期待もしています。

 

 「今」の大切な感情が失われいくことへの恐怖とは、もっと違った何かを。