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ワタナベノジュースノモトデスモウイッパイ♪
この歌を知ってる人はそうとうの年配者(笑)
なぜかいきなり思い出してしまいました
ぐぐったら画像もありました
粉末ジュースです
コップに入れて水で溶かすとオレンジジュースになります
今みたいに自動販売機なんか無かった時代には結構重宝した物です
最初は普通に水に溶かして飲んでいたのですが・・
直接粉のままなめたらすごくうまいんじゃね
悪魔のささやきが
・・・・・
舌がしびれたような気がします( ゚ ▽ ゚ ;)
連鎖作用でいろいろ思い出します
イーソイソイソイソジマンノーリノツクダニイソジマン♪
この記憶があいまいで
ご幼少のみぎりにラジオで聞いたような気がするのですが・・ちがうかも
そのころのラジオはこんな感じで

もう少し角がまるまっちかったような気もしますが(^_^;)
イソジマンは「ごはんですよ」「江戸むらさき」みたいな海苔の佃煮です

ケロッグコーンフレークという食べ物がTVコマーシャルで流れていまして
子役の子ども達がそれはおいしそうに食べてみせるんですね
本当においしそうに見えて母親にねだるわけです(笑)
そのころうちの家系は火の車だったようですがそんなことは知らないものですから
食べたい食べたいーーと連呼するわけです
母親も根負けして買ってきてくれました

さっそく朝ご飯はコーンフレークです
シャリシャリ
ガリガリ
( ̄Д ̄;;
おいしくなーーーーーーーーい
最初の1食でギブアップ
大量に残った分は・・・・母親が黙々といや「おいしいおいいしい」と言いながらかたずけてくれました
気がつけば今年も半分過ぎてしまったですね( ̄_ ̄ i)
もうなんでもいいから書いていこうかなと
ここから先は本人以外楽しくないかも(笑)
自動車学校に通ってた頃がありました。
会社の隣が学校だったので夕方からの受講がメインでした。
なにせ大昔のことなので記憶がいまいちなのですが、なんとなく覚えてるのが
仕業点検でオイルの残量を調べるのになんか棒のような物を使ってたこと
車がクラウンだったような
ギアがハンドルのところに付いていてサードまで入れられた気がします。
S字カーブは脱輪しまくり
坂道発進は滑り落ちる・・・(゜д゜;)
まあ教官がブレーキ踏んでくれるんで問題ないのですが(笑)
そんなこんなで、なんとか仮免までとれたわけです(笑)
市街へ出て走るのがこわいことこわいこと
一番怖かったのが
坂道を降りているときに教官が「スピードメーターを見てみろ」
ハンドルを握るのと前を見るだけでいっしょうけんめいなのに
なんてことを言うんだこの人は、と思いながらメーターをちら見すると
60K( ̄□ ̄;)
30K制限のとこだったかな
背筋がぞーっと
そんなわたしでもなぜか卒業できたんですねえ
お金さえかければ誰でもだいじょうぶなんですね(笑)
まだ筆記試験が残ってるのにさっそく車さがしです
なにせ薄給ですから新車は無理
中古屋さんを見ていくうちにこれがいいとなったのが
これです
リアウインドウが水中メガネみたいだと当時話題になってた車だったと思います。
まだこの時点では免許証をとっていません
筆記試験を受けに鮫洲の試験場に、たしか3時間くらいかかった記憶が
やる気満々のわたしに受付の方が、住民票がありません(たしかそうだったと、戸籍謄本だったかな)
( ̄□ ̄;)ガーン
またあの道のりを行く気にもなれず、うだうだしてるあいだに会社をやめてしまいました。
次の会社は都内だったので鮫洲は近くなって行きやすくなっていたはずなんですが
環境が変わったのやらなんやらを言い訳に試験を受けに行かないんですね(笑)
結局そのまま1年経ってしまって(学校を卒業して1年以内に筆記試験を受けないといけないのですよね)
20万円以上かけて学校を出たのに・・・・・パーです(笑)

