私が2度目に平家の落人伝説の地に連れて行かれた日のこと。
その日は初めに『尼子』の方の血筋のお墓参りに行きました。
そこは母方の祖母の実家の近くにあるお墓です。
母方の祖母の方は、尼子経久公の曾孫からの血筋になるのですが、その戦国武将の人が落ち延びた地という伝承はその地にしか存在していません。
天正の終わり頃、その戦国武将の人は毛利輝元の追っ手を逃れるために改姓し、後にまた改姓したそうです。
そして江戸時代は、佐々木氏の佐の字を残しながら、分家も改姓しながら増えていきました。
その地はお墓が一ヶ所に纏まっているわけではなく、点在しています。
なので、30分以上かけて探しました。
そして、お墓の家紋を見て驚きました。
平四つ目結紋ではないのです・・・。
本家も、分家も全て・・・。
どうやら徹底的に身を隠すために、苗字だけではなく、家紋まで変えてしまったようです。
そのすぐ近くでは、かつては毛利と尼子の戦いが起こっていたとのこと。
近くの村(現在は町)の神社⛩️は、尼子経久公が創建した……という記録が残っています。
そして、宇多天皇から続く血筋であることが記された古文書の内容が、文献にも残されています。
これだけの情報が残っているのにも関わらず、厄介なお爺さんはこう言いました。
『甲冑や刀がなければ信じることができない』と。
なるほど……そう思うんですね?
では、あなたは?
逆に聞いてみました。
すると、そのお爺さんはしどろもどろになり、『戦国時代は三好・長曾我部・阿波細川・蜂須賀に仕えたと思いますよ』と。
何ですか、その曖昧な話。
答えになっていませんね。
家系図が存在しているのかと聞きましたが、それも『ありません』とのことでした。
家計調査をするために戸籍を辿ったんじゃないんですか?
『していません』
最終的には、『僕の同級生には源さんって居ましたよ』と。
・・・意味不明です。
このお爺さんは何が言いたいのでしょうか?
( ミ- ﻌ -ミ) _ฅ☆(ノ・⊿・)ノ
お墓参りの後、海の近くにある神社⛩️に行きました。
そこでまた驚愕の新事実を知ることに・・・。
神社⛩️の奉納者名が彫ってあるのですが、本家の人は市内の別の町に移住していたのです!
え・・・?
後から叔母に聞いた話ですが、男子はその地には居着かなかったり、短命だったり、逆に女性当主になった家が多いそうです。
祖母の実家もそうです。
今から100年以上前……高祖母の代で女性当主に代わっているのです。
戦国武将の血筋は……割とそういう家系が多いのです。
母方の祖父の血筋もそう……(尼子氏の遺臣で、代々松江藩に仕えた武士の家系)。
奉納者名を一通り見て回り、今度は島根に行くことに。
この時点で嫌な予感しかしなかったのですが、案の定と言うべき場所に連れて行かれました。
平家の塚が幾つもある場所・・・
そして、馬に乗った武者の幽霊が頻繁に出る場所・・・
平家の落人が住んでいた場所・・・
心底腹の立つことをしてくれます!
何なの、このお爺さん![]()
その後はまた別の、平家の落人の後裔の戦国武将(尼子氏の遺臣)が移住した地へと連れて行かれました。
『嫌なことは克服しましょう!』と。
・・・そういう次元の問題じゃないです。















