三十万世帯の布陣なる

 

 いよいよ、年の瀬も迫まって、ことし一年を回顧してみますれば、遺憾なく戦ったと、私は思います。

 

 もったいない例を引いては申しわけありませんが、日蓮大聖人様から南無妙法蓮華経をとってしまったら、大聖人様ご出現の意義はなくなる。創価学会、戸田城聖から広宣流布をとってしまったら、私は一個のカンナくずみたいな人間であります。しかるに、今度は私の生命であり、使命である広宣流布を皆さまのお力で、思うようにやらせていだたいて厚くお礼申し上げます。

 

 これで三十万世帯の布陣がなりました。悠々と三十万世帯はでき上がりました。また、総本山にたいしては、東之坊の寄進、理境坊の寄進、浄蓮坊の寄進、また、南之坊の寄進、また、奉安殿の、あの大きな寄進が行なわれました。まことに、これも皆さまのお力と厚くお礼を申し上げます。

 また、地方におきましては、大宮の寺が建ち、また、新潟に建ち、浜松が一月には完成すると思います。すすんでは、大阪に一か寺、岡山に一か寺、また、来年度の計画として、総本山には南之坊の上に宿坊の建設が一個できると思います。これ、皆々さまの御厚意でできたものでありまして、さぞや仏祖三宝もお喜びであろうと思いまして、厚く、かわってお礼申し上げます。

 しかも、このうえに余録として学会に蒲田の支部会館が、まさにでき上がろうとし、大阪にも関西本部ができ、向島に小さいながら向島支部会館ができようとしております。これ、皆々さまの信心のおかげと厚くお礼申し上げます。

 

 振り返って、長いあいだの折伏生活を考えるのに、学会の大幹部は、たいした人物ではないのです。並べておいて言っては申しわけないのでありますが、なぜ、たいしたものではないかというと、会長が、どだい、たいした者ではないから、大幹部も、たいした者ではないというわけです。

 

 しかし、私としては、ひじょうにうれしい。というのは、よくぞ、ここまで育ったということであります。これは功徳を身にうけている証拠であります。

 かく考えてきますと、来年度は、りっぱな闘争ができると思います。来年は、五十万世帯にしたいと思っている。ことしの勢いで伸びていけば、七十万も八十万も容易であります。しかし、御本尊を粗末にするような学会員ではなしに、じゅうぶん指導をゆきわたらせて、人間はどうであるかは知りませんけれども、功徳を受けきった生活をさせてみたい。全世界に向かって、どうだ、この姿はと、言わせてもらいたいと、私は思うのであります。

 

 今でも大御本尊様にたいして、学会全体の御祈念は申し上げておりますけれども、来年は、ことしに増して、私も真剣に御本尊様と取り組もうと思います。ひとりとして功徳を受けない者はない、皆、功徳を受けているという、私は御本尊様との闘争をいたします。

 

 ですから、来年度五十万のわが創価学会員は、ことごとく功徳に包まれていただきたい。これをもって、私の来年度の抱負であり、確信にしたいのです。

 遠く論ずるならば、広宣流布の途上に働くわれわれとしては、東洋のあらゆる大人材を総本山に集合して、東洋の仏法というものは、こういうものだということを、わからせてやりたいと思う。

 これは来年はできません。一年かかろうと、二年かかろうと、たとえていえば、インドのネール首相にしても、中国の周恩来先生にしても、蒋介石先生にしても、毛沢東先生にしても、一応、お山にきてもらって、東洋の仏法はかくあるものだということを、かの大先輩にお知らせ申し上げたいと念願するが、これは来年ではだめだが、やってみようではないか。

 

 こういう大きな抱負のもとに、私は新年を迎えたいと思います。願わくは、皆さんも私ほどでなくていいから、ネールの子分の、また子分の子分ぐらいと、インド語はわからんでしょうから、日本語でもいいから話して、東洋仏法のあり方というものを話す前に、せめて自分の商売だけは、なんとか来年はやっていける抱負のもとに、新年を迎えてもらいたいと思う。

 

昭和30年12月23日

本部幹部会

豊島公会堂