絶対的幸福と相対的幸福

 

 先日、築地の総会で話したことを、また話そうと思います。人間はいったいなんのために生まれてきたのでありましょうか、楽しむために生まれてきたのであります。

 

 しかし、世のなかで、なん人、人生を真に楽しんでいるものがありましょうか。人生をしあわせに送るには、その内容を知らねばならないのです。家のないものには、家が与えられ、金に困っているものが、金を得たときの楽しさ、これらは相対的幸福であって、苦縛を離れない境涯であります。ところが、絶対的幸福というのがあるのです。

 

 それは、生きていること自体が幸福であるという境涯、女房のこごとも、子守歌に聞こえ、文句をいうやつの顔が、四角になったり、丸くなったりするのを、楽しくながめられるだけの、心にゆとりのある生活、これが絶対的幸福であり、われわれは御本尊様をしっかり拝んで、ここまで幸福境涯を進めなければならない。

 

 最後に、この会場にお集まりの方々のために約束をしよう。朝夕の勤行を欠かさず、二ヵ月にひとりの折伏を必ず行なうと覚悟してもらいたいです。

 

 悩みある人は願いを立てよ。仏法は真剣勝負です。万一実行して解決しなければ、戸田の生命をなげ出そう。

 一年後の総会に、生命力のあふれた顔をみせてください。

 

昭和28年9月23日

中野支部第二回総会

東京教育会館