この人間革命(小説)は、文庫本(1972年10月12日発行)の人間革命とは違います。

これは、戸田城聖全集 第4巻のなかの人間革命です。(1965年12月10日発行)

 

最初の人間革命が発行されたのは、戸田城聖先生存命中の(1957年)昭和32年6月10日辺りと思います。

 

まず、文庫本の『ーあとがきにかえてー』から載せたいと思います。

 

 

 

人間革命の真髄
       ーあとがきにかえてー


 今日の創価学会は北海道から九州に至るまで、日本全国にわたり六十数万世帯の会
員が、広宣流布の大願のもとに日夜闘争を続けている。しかし、このように世間の注
目を浴びるに至るまでには、或時には順風に帆を挙げ、或時には嵐に打ちひしがれ、
或時は冷たい氷雪に堅くとざされ埋れた永い永い闘争の歴史があった。これらの期間
を通じて一貫した「学会活動の精神的支柱」を小説として表現したのが、この『小
説・人間革命』である。即ち本書は小説で表現した『生きた折伏教典』である。


 登場する人物にはそれぞれのモデルはあるにしても、もとより小説であって、実在
した人の列伝ではない。前述のようにこの小説の中から『学会活動の背骨』『人間革
命の真髄』を読み取って欲しいと念願する。又本書が広く世間に流布して、学会の根
本精神が認識され、ともするとありがちな世間の誤評・誤解を一掃する助けともなら
んことを願う
ものである。


 草創時代における初代会長牧口先生の御努力、広宣流布への御確信、どんな裏町ま
でも、どんな家庭までも折伏の陣頭に立って進んで行かれる御姿。八軒長屋の一軒一
軒の家庭がいかに革命し、一人一人の人間がいかに宗教革命を推し進めて行くか、そ
れは十数年後の今日においても、全国各地において実践され、展開されつつある現実
の姿でもある。而して大御本尊様の偉大な功徳と、峻厳なる罰は又われわれの一人も
漏れることなく体験するところである。


 一方において国家の状勢は、昭和十二年の日華事変勃発、十六年の大東亜戦争の勃
発とめまぐるしい転変を続けるその中で、国民は稀有の大戦果に熱狂し歓喜している
うちにも、牧口先生の折伏活動は黙々として続けられて行く。しかしその成果も静か
な折伏活動も永くは続かなかった。国難の嵐はひたひたと学会活動の前途を襲い、露
骨な迫害となって表われてきた。


 合同問題と国家諫暁ー軍閥の権力を背景として日蓮宗各派を身延に合同させよう
とする陰謀、これらの陰謀に応じて大石寺の内部に動く笠公の策動。戦局は口々に敗
色を濃くしつつある時、牧口先生は決然と国家諫暁を仰せ出された。『一宗の安泰を
願うか、それとも国家の安泰を願うか、一宗一派の興亡は問題じゃない、私の心配す
るのは国家の破滅である
との牧口先生の御精神こそ、宗祖日蓮大聖人の大折伏精神
に他ならないと確信する。

 

 さて戦況は日増しに悪化しつつある民族の危機・弾圧による創価学会の危急を眼前
にして、学会の内部にすら動揺の色が濃い。この時において会長に殉ずる決意を示し
一歩も引かない巌理事長。而して巌理事長は大折伏闘争とともに国家の危急を救わん
がための経済闘争の布陣まで一歩一歩推し進めようとする。
 折も折、当局の不当なる弾圧は、忽ち会長・理事長をはじめ学会の幹部十数名に襲
いかかった。


 巌理事長は、高輪警察署・警視庁・東京拘置所と、冷たい留置場を転々とする。留
置場の不潔や、食べ物の不足や、看守の暴力と闘いながら、日夜家庭を思い、事業を
思い、恩師の牧口先生を思う切々の文字 ー それは単なる涙の集録ではない。その間
に愈々真の人間革命と宗教革命の基盤が培われて行く。


 最後に法華経の涌出品において、絶対の確信に立ち、『ぼくの一生は決まった!
この尊い法華経を流布して、生涯を終わるのだ!』と叫び、孔子に比べて『彼に遅る
ること五年にして惑わず、彼に先立つこと五年にして天命を知る』と叫んで終わる。

 このようにして育ったのが現在の創価学会である。会員諸氏の多くは八軒長屋の家
庭革命と、巌理事長の経済的な成功を見て、日夜そのような功徳を願っているわが身
に気がつかれるであろう。しかし、それは大御本尊様の大利益の、僅かな一面にすぎ
ない。真の人間革命はまだまだこれからである。
 三類の強敵と闘い抜き、三障四魔を断破して、真の大利益・人間革命の真髄を把握
されんことを希望する。
 

 それがためには平素の信心が第一である。創価学会に対する世間の注目は、一時は
好奇心の上から紹介・批判・悪罵等が続けられていたが、今後は益々根強い陰険な迫
害となって表われるであろう。一日一時もゆるがせにすることなく闘い抜くに当た
り、せめて本書が会員諸氏の心の糧ともならば幸甚である。
 さらに日本国民の一人一人が本書を手にして、真の仏法と真の幸福はどこにあるか
にめざめられんことを念願するものである。
 昭和三十二年六月十日
                       戸 田 城 聖