法華経―生命のドラマ (1974年)
原島 嵩 (著)
監修者のことば
― 原島君の「法華経」を推す
原島君は、その幼時からよく知っている私の大事な友である。少年時代から、仏法哲学に親しみ、すぐれた素質に加え、真剣なる研鑚は著しいものがあった。とくに、私が学生部の中から選抜して未来を託す人材育成のために行なった「御義口伝」の講義では、五年間を通して受講者の要となり、「後生畏るべし」であると、私もひそかに喜び、期待してきた。
これまでにも、彼は幾つかの著書を発表しているが、今度は、釈尊一代の仏法の最高峰であり、北伝仏教の真髄となってきた「法華経」に取り組んでいると聞き、その完成を心から楽しみにしてきた。
このほど脱稿の運びとなり、ぜひ目を通してほしいということで、求めに応じて、喜んで監修役を引き受けた。一読して、彼の成長めざましいものがあることを知り、うれしい限りである。
いわゆる八万法蔵というように、釈尊の説法に帰せられる仏教経典は膨大な分量にのぼる。そのなかでも、インドから中国、中国から日本へと流布してきた北伝仏教において、法華経は、独特の地位を占めてきた。
中国でも、日本でも、正統学派の根本経典としたのが法華経であり、したがって、法華経以外の経典を最高とする宗派においても、その経典を最高位と表示するにさいしては、必ず法華経を引き合いに出さなくてはならなかったといってよい。
多くの王侯貴族が一国繁栄の依所として法華経尊重を立て、また、女人成仏を説いた唯一の経として、女性の信仰の中核ともなった。とくに、鳩摩羅什による漢訳「妙法蓮華経」は、珠玉の名訳といわれ、庶民の間でも広く崇重されたようである。
しかしながら、では法華経は、いったい何を説いたものかとなると、必ずしも正しく理解されたとはいえなかった。この点については、正統学派でも、最高の学僧の間にのみ伝えられる秘法。とされ、一般への公開は厳誡されてきた。正統学の隆盛が、簇生する異宗によって短命に終わったのも、ここに原因があると、私は見たい。
法華経に説かれているところは、ある意味では奇想天外ですらある。それが西方極楽浄土といった、この世ならぬ舞台で展開されたものなら、まだしも理解しやすい。だが、現実に、この世で、壮大な宝塔が湧現したり、大地から無数の大菩薩が躍り出たりするのである。全く理解しがたく、真偽を疑いたくなるのも無理はない。
しかし、この理解しがたく信じがたい法華経の説相は、実は、ある理解しがたく信じがたい真理をあらわしているともいわれるのだ。否、その真理を誤りなく示すために、そうする以外になかったともいえる。その真理とは、人間の真理、生命の真理であることに思い到るとき、謎の一切は解ける。
実は、この謎の一切の解明は、七百年前、日蓮大聖人によってなされていたのであるが、時代が遷り、言葉や思考法が変わるにつれて、いつしか、その真理も見失われようとしていた。これに対して、現代の言葉と思考法で、独自の思索から、再び現代に蘇らせたのが創価学会第二代会長、私の恩師、戸田城聖先生であったと、私は信ずる。
原島君が、このたび世に問う本書は、漢訳法華経の原典をふまえ、日蓮大聖人の教示、戸田前会長の思索を基盤に、現代青年の感覚をもって、これを見事に生き返らせている。もとより、専門的学究書ではない。本来、経典は学問的探究の対象ではない。それはそれで意味はあるにしても、経典のもつ生き生きとした生命はこぼれ落ちてしまうであろう。
その意味で、本書は、法華経のもつ生の躍動と、その深い真理を、現代人の心に映し出してくれるものと期待している。
昭和四十九年十一月
創価学会会長 池 田 大 作
目 次
監修者のことば 3
序章 法華経との出会い 15
私が魅了された"生命の世界" 17
戸田先生から講義された初めての法華経 17
法華経は生活の中に息づいている 20
忘れ得ぬ八月三十一日 25
「御義口伝」講義の興奮 25
"南無妙法蓮華経"とは"生命" 34
「宇宙即我」の原理を説く 34
第一章 法華経とは何か 39
"生命"の秘密を明かす唯一の経文 41
永遠のナゾを解決するための人生遍歴 41
生命とはこの世だけの存在か 43
仏法の"密林"をどう踏破するか 46
トインビー「無意識の奥にある人類共通の生命」 46
「あらゆる宇宙の実在が一個の人間生命にある」 48
仏教における法華経の位置 54
「コーヒーのないクリープ」 54
数々の譬喩と事例で生命の宇宙を説く 56
"生命讃歌"の壮大なドラマ 59
全体の構成は二十八品(章)から成る 59
数十万の衆生が狭い霊鷲山に集まった意味 ― 序品 65
仏の永遠の存在性を明かした ― 寿量品 70
"諸経の中の王" 73
事実か幻想か 73
「正き事はわずかなり」 75
第二章 生命の宝のありかを求めて ― 81
法華経の読み方 83
逞しく生きよ〈煩悩即菩提〉 85
絶世の美女も死んでしまえば白骨 85
煩悩はおおいに燃やすべきである 88
束縛されない自己の発見〈開三顕一〉 93
人間生活には法則が大事 93
究極は仏の力を借りず、自力で法の悟りを開け 96
大地の底から出現した菩薩たち〈地涌の菩薩〉 103
仏法流布を指導する四菩薩 103
私たちの中にも菩薩はいる 108
生命はこの世限りか〈寿量品に説く永遠の生命〉 111
不死を求めた古代の勇者ギルガメシュ 111
死の影にとらえられた私 113
「寿量品」によって「死」を新しく見直す 116
死後の生命〈寿量品の意義〉 120
永遠の生命は、仏法の真髄 120
物理学と哲学にみる死の世界 122
大宇宙は、一個の偉大な生命体 124
現実を変革する哲理〈娑婆即寂光土〉 133
人間革命に必要な二つの作業段階 136
大乗仏法は、生きて生きぬく教えである 137
生命の尊さの自覚と実践〈不軽菩薩〉 140
"不軽"とは「軽んぜず」生命の尊さの自覚 141
非難中傷をする相手をも救う不軽菩薩 142
どんな人間の中にも仏性がある 143
女性解放の先駆け〈女人成仏〉 146
女性は成仏できないというが 146
八歳の娘「竜女」が即座に悟りを得た意味 148
女性だからこそわかる多くの苦しみ 150
幸せは自分の手で克ちとろう〈法華経の功徳〉 153
〃功徳〃〃利益〃は、自分の力で切り開くもの 153
功徳の一つ「六根清浄」とは「生命浄化」のこと 156
仏法では"仏"を生命の外には求めない 158
第三章 人生の扉を開く鍵 161
人間としてあるべき七つの条件〈多宝の塔〉 163
「七宝の塔」は、仏界の尊さを説いたもの 163
「あなた自身の生命が、宝塔なのだ」 167
日常生活に不可欠の七つの大乗戒 168
人間としての姿勢〈六波羅蜜具足〉 173
「異常」に慣れる恐ろしさ 173
慈悲心、生命力、忍耐を持て 178
精進し、内省し、深き知恵を学べ 181
人間教育の規範〈開示悟入〉 184
「仏」とは、特別の存在ではない 186
「開示悟入」の"開く"が、一切の出発点 187
真の幸福は胸中にある〈衣裹縫宝珠〉 191
私たち凡夫の気づかない「無価の宝珠」 191
幸、不幸も自身の内にある「宝」しだい 193
厭世主義か楽天主義か〈衆生所遊楽〉 196
"恋の逃避行"は、仏道修行の逃避に通じる 196
難題を一つ一つ克服するのが真の「遊楽」 198
毒薬におかされた現代人〈譬如良医〉 204
現代の混乱は「宗教的な混迷」 ― ボールディング博士……204
仏の「方便」とは、衆生を救うためにのみ使う 206
生命の鏡を磨く〈浄明鏡の譬え〉 212
鏡は法華経、「真実」と「自身」を映す 212
「自身の生命こそ、本来、仏の命である」 214
戸田前会長 ― 「偉大なる凡夫」になれ 217
無限に広がる人間の生命〈妙音・観音〉 219
人間の可能性を暗示する妙音・観音菩薩 221
「正義によって立て、汝の力二倍せん」 223
十種の神力〈仏法の神力の真意〉 226
娑婆世界にあらわれる十神力 226
神力は人間の偉大な力を意味する 228
家庭を考える〈妙荘厳王の話〉 235
父王の前で神通変化を現じた二人の王子 235
妙荘厳王一家は現代の家庭像でもある 240
あとがき 245
監修者・著者略歴 249