昼間の気温が随分と高くなってきた桜の季節だが、この繁忙期(繁忙期)に仕事上の付き合いで北陸の某ゴルフコースを全ホール周る羽目になった。
ゴルフはとにかく憂鬱(ゆううつ)だ。
楽しいと感じたことは一度もなく、なにより腰が痛くなるのが最も苦痛だ。
おかげでこの一週間、腰が痛くて仕方ない。
ボルダリングやテニスのほうが全身の骨と筋肉が喜ぶという点において、スポーツとして優れていると感じる人間は私だけではないであろう。
さて、今日はいつもとは異なり、私の中の極めて主観的な性的趣向について、ツラツラと話すことにする。
「極めて主観的な性的趣向」なのだから、同じ趣向を持つ人間や、私の趣向に興味がない人間、または、私の趣向に対して否定的な人間など、様々に異なる人間にわかれるであろうから、賛意や賛同を得たい気持ちは微塵(みじん)もない。
ただ、時にこうして自分の中にある性を取り上げて書き出すことで、性対象となっているその人物や行為、部位や特長などを賞賛することができ、満足感を得られるように思う。
人は誰しも、自分が魅了(みりょう)された性的対象を誰かに知って欲しいと思うものなのではないだろうか。
それに似た心的発露のようにも感じる。
まず、私が魅了されたその女性についてだ。
この女性を便宜(べんぎ)上「小喬(しょうきょう)」と呼ぶことにする。
私とは対照的で背は小さく痩せ(やせ)型で程よく筋肉質、輪郭(りんかく)が鮮明な二重まぶたと僅か(わずか)に目尻が目頭よりも低くなっている涙袋とが、いずれも長い睫毛(まつげ)を伴い、潤い(うるおい)で輝く大きめな瞳を美しい曲線が包んでいる。
唇は情の厚さを思わせる程よい表面積と丸みを帯び、血色が良く、横に大きく拡がっていない口角はほぼ水平で、アゴの輪郭は程よく鋭角で無駄がない。
顔の輪郭はいわゆる面長(おもなが)で額(ひたい)は平らで広く、生来の焦げ茶色の直毛の髪が額を半ば隠し、半ば覗(のぞ)かせている。
髪全体が40代後半とは思えない驚くべき潤いと艶(つや)を保ち、明るく丸い天使の輪を冠(かぶ)っている。
鼻筋は細く伸び、正面からは鼻腔(びこう)は見えず、下方から見ても鼻腔は細く小さい。
眉毛(まゆげ)は女性としては凛々(りり)しく濃く、だが程よく細く明瞭(めいりょう)に整えられている。
肌は僅(わず)かに黄色味を帯びた肌色で、欧州女性のように白すぎることのない健康的な印象を受ける。
背が小さく華奢(きゃしゃ)な割に肩幅は充分にあり水平で、ここでも純日本人女性にありがちな狭い肩幅や撫(な)で肩とは無縁な健康的な印象を受ける。
小振りの乳房(ちぶさ)の中心には木苺(きいちご)のような乳首が飾られ、まるで丘の上に佇(たたず)む少女のような可憐(かれん)さを想わせる。
小喬の体から薫(かお)ってくる匂いもまたこの世の中の何よりも芳(こおば)しいのだ。
例えば頭皮の匂いだ。
私はこれまで数えきれない女性たちと関係を持ってきた。
無論、肉体関係だ。
私の身長で女性と向かい合うと、相手の顔が私の顔の目の前に位置することはまずない。
抱き合うと必ず私の鼻口(びこう)が相手の頭の上に来る。
呼吸を止めない限り、相手の髪や頭皮の匂いを嫌でも嗅(か)ぐことになる。
ここであえて明確にしておくが、大概(たいがい)の女性の頭皮の匂いは決して好ましい匂いではない。
否(いな)、大半は呼吸を止めたくなるほどに臭い。
臭くない頭皮の女性も稀(まれ)にいるが、それでも、頭皮の匂いが私の睾丸(こうがん)を誘惑(ゆうわく)することはまずない。
ところが、小喬の頭皮はそれらのどの女性とも異なり、嗅(か)いだ瞬間に私の睾丸がフォーメーションを組み始め、主砲筒が持ち上がるのだ。
頭皮だけではない。
例えば口臭だ。
ここではあえて「口の臭い」と表記する。
私の知る限り、口の臭いが魅力的な女性も少ない。
特に、日常的に乳製品を摂取(せっしゅ)している女性の口の臭いは鼻が曲がるほど臭い。
あるいは喫煙の習慣がある女性の口の臭いはタバコのヤニの臭いがして吐き気すらもよおすことがある。
ところが小喬は違っている。
小喬の口の匂いを嗅(か)ぐと、たちまち私の睾丸がフォーメーションして主砲筒が上を向くのだ。
もっと分かりやすく述べるなら、例えばコーヒーを飲んだ後の女性の口の臭いは、誰であれ臭い。
あるいはコーヒーの臭いがする。
ところが小喬は違う。
ある種のフェロモンとでも言うのだろうか。
その匂いに包み込まれたい衝動(しょうどう)にすら駆(か)られる。
その匂いのためならば金を払っても良いとさえ思えるほどだ。
その虜(とりこ)になってから、はや13年が過ぎたが、未だに小喬の匂いに囚(とら)われている。
それどころか、小喬の身体から発せられるありとあらゆる匂いに囚われていると言っても過言とは思えない。
小喬の身体から発せられる匂いとは、例えば次のようなものだ。
・頭皮の匂い
・肌の匂い
・口の匂い(息の匂い)
・汗の匂い
・唾液の匂い
・膣の匂い
・肛門の匂い
・オナラの匂い
・尿の匂い
・便の匂い
匂いを言葉で表現することは難しく、ましてや、フェロモンを含む匂いを言葉で表現すること自体に意味がないため、ここで表現を試みることはしない。
ただ、それらの匂いのどれもが、私の陰茎(いんけい)を直ちに最大化させる。
小喬と共に旅行やショッピングなどへ出掛ける際などには、少し離れ気味に歩いたりしている。
それを怠(おこた)ったがために、公衆の面前で意図せず猥褻物陳列罪(わいせつぶつちんれつざい)を犯してしまった経験が多数ある。
ドライブ中は他に誰もいないため、我が分身には心置き無く背伸びをさせてやれるが、旅行中やショッピング中となるとそうもゆかない。
それらの弊害(へいがい)を引き起こす主犯格は、小喬の口から漂(ただよ)ってくる息の匂いだ。
ゆえに、例えば小喬とキスをするたびに、勘違いした分身が我々の間に割って入ってくる。
どのくらいのフェロモン強度があるか、という点についてだか、小喬の息の匂いだけでマスターベーションが完結するほどだ。
それも、出逢って14年目に入った現在でもなお継続している。
小喬の尿の匂いは格別で、同じく尿の匂いのみでマスターベーションが完結する。
味もまた格別で、日によって異なりはするが、概(おおむ)ね全て飲み干している。
専用のグラスに放尿してもらって飲むこともあれば、小喬の尿道から迸(ほとばし)る尿をそのまま口で受けて飲み干すこともある。
また、小喬の便、つまりウンチの匂いもまた絶品だ。
一回のウンチで3回は連続でマスターベーションを完遂(かんすい)できるほどだ。
たいていは専用のガラスボウルに脱糞してもらい、それを手に取って匂いを楽しみながらマスターベーションをするが、綺麗な形の大きなかたまりで出た日には、それを口に頬張(ほおば)り、味も楽しみながらマスターベーションする。
あるいは、仰向(あおむ)けに寝転んだ私の口へ直接脱糞してもらうこともある。
ここで特筆しておきたいのは、小喬のウンチは軟便(なんべん)にならず、ほとんどの場合、肛門から出てくる時点で焦げ茶色で形の整った太めで長いウンチになっているということだ。
ウンチは外側と内側とでは、匂いが大きく異なっている。
外側は腸液などでコーティングされていて硬(かた)めに仕上がってくるため、そもそも匂いは薄い。
ところが、ウンチを二つに折ると、中には薄茶色または黄土色の柔らかめのウンチが詰まっていて、脱糞直後ならば中からは湯気が立ち上るほど温度が高い。
つまり、内側は水分を保っているわけだ。
ゆえに、内側の匂いは濃く、私の嗅覚(きゅうかく)を通して脳に到達し、エンドルフィンを大量に分泌し始める。
それゆえ、マスターベーションは短時間で完了する。
私が小喬の口の匂いやオシッコやウンチで分身を満足させた後も、私が望めば小喬は引き続きセックスにも応じてくれる。
無論、私は石鹸で手をよく洗い、歯を磨き、マウスウォッシュをしてから、セックスに望む。
いつも最高の匂いを私にプレゼントしてくれる小喬へのせめてもの感謝の気持ちだ。
私の分身は、つい数分前に大量放出したばかりなのだが、その直後の小喬とのセックスでもまた、小喬の中へ大量放出する。
小喬は、私の分身が、中で思い切り放出できるよう、低用量ピルを服用してくれている。
放出する寸前に抜けば良い、と私が言っても、小喬は私の分身が放出する瞬間にいつも私を抱き締めて離そうとしない。
小喬曰く、中で分身が放出しながら脈打つのを感じることで、深い幸福感を得られるのだとか。
女心は私にはよく分からないが、小喬の希望により低用量ピルを服用するに至って早7〜8年が経った。
私は小喬のアナルへ分身を出し入れしたい欲求がある。
他の女とは御免被る(ごめんこうむる)が、小喬の肛門には是非とも出し入れしたい。
無論、試みたことは何度かあるのだが、私の分身が太すぎるため、ローションを充分につけて、予め指などで念入りにほぐしてから挿入を試みても、やはり太すぎて入らず、小喬が痛がるほど無理に挿入としたくないため、未(いま)だ達していない。
話を本題に戻すが、小喬の身体から発せられる、ありとあらゆる匂いが、私の脳を麻痺(まひ)させる。
恐ろしく見た目の美しい女であり、スレンダーだが健康的な理想のスタイルを持つ小喬は、身体の中まで美しい女である。
ゆえに私は、高級マンションを買い与え、高級外車を買い与え、海外旅行や国内旅行も好きなだけ連れて行ってやっている。
欲しいものは何でも買ってやっているし、行きたい店には全て連れて行ってやってもいる。
もしも「男としての私」に不満があるならば、もっと若くてイケメンな男を作っても良い、と言ってあるが、ほぼ毎日のように私に会いに来る小喬には、そのような時間は無さそうに思われる。
今日は、私が虜になって久しい女、小喬のことを多く語った。
このように心底虜になれる女と出逢える男が、果たしてこの地球上に何人いるだろうか、と、よく考えることがある。
すでに14年目になると言うのに、他の女とセックスしようという気持ちが全く湧いてこない。
それどころか、未だに毎日でも小喬とセックスしたくてたまらない。
子持ちの小喬は、前の亭主との間に設けた娘がおり、もう19歳になる。
小喬自身は四年制大学を卒業してOLを経験したのち、前の亭主と結婚。
そして、結婚6年目の時に私と出逢い、前の亭主と離婚して今に至る。
無論、小喬の生活も娘の面倒も私がみているが、そんなことは大したことではない。
小喬は私に尽くしてくれており、私はそんな小喬無しでは、もはや他のどのような女でも代用は効かないてあろうと確信さえある。
小喬の承認のもと、実験的に他の女たちとのセックスを試みたことが何度かあるが、我が分身は一向にヤル気をおこさず、まるで私は無能な男であるかのような不安に襲われたものだ。
だが、小喬がそばにくるだけで、そのフェロモンによって我が分身は、ところ構わずトランスフォームしてしまうのだ。
小喬もそのことはよく理解してくれている。
男と女とは、かくも不思議な生物なのだと、よくよく認識させられる毎日だ。
末筆になるが、45歳の私の分身は、毎朝、欠かさず、痛いほどの怒張(どちょう)をする。
小喬がそうさせているのであろうと私は客観的に分析している。
以上が、我が奇跡の女、小喬のほんの一部である。