「アリラン」の歌声は
民族の誇りあり
「在日貴族」の蛮行は
「アリラン」を汚すものなり
おごれる「在日貴族」久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き人もついには滅びぬ
ひとえに風の前の塵に同じ
「アリラン」の歌声は
民族の誇りあり
「在日貴族」の蛮行は
「アリラン」を汚すものなり
おごれる「在日貴族」久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
猛き人もついには滅びぬ
ひとえに風の前の塵に同じ
雨にも負けず
大和民族の差別にも負けず
母国の同胞民族の嫉妬にも負けない丈夫な身体を持ち
日本国から絞りとるだけしぼり
いつも誹謗中傷を行っている
一日にお腹一杯のマッコリとキムチを食べ
あらゆることに自分の感情を剥き出しにし
他人の言葉など省みず
「在日特権」で素敵な家に住み
東に「反日」の声を聞きつけば「バカ野郎」と罵倒し
西に「天皇陛下万歳」の声を聞きつけば「日帝反対」と罵り
南に「従軍慰安婦の像」を見れば捏造された歴史に感動し
北に「飢えた同胞」を見ても、助けることなく見殺しにする
日照りのときは、「天照大神」を恨み
寒さの夏は、大和民族の猿が悪いと罵り
自分の言動が、他の在日の方々の印象が悪くなることも解らず
大和民族の在日の憎悪感情を高めるだけとも理解せず
結局自分自身の首を絞めることとの結果になることも思慮できず
何かといえば、「在日特権」をふりかざす
そういう在日特権「在日貴族」に、私はなりたくない(笑)
葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らし召しける 皇祖の 神の命の 御代重ね 天の日嗣と 知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方の国には 山川を 広み厚みと 奉る みつき宝は 数へえず 尽くしもかねつ しかれども 我が大君の 諸人を 誘ひたまひ よきことを 始めたまひて 金かも たしけくあらむと 思ほして 下悩ますに 鶏が鳴く 東の国の 陸奥の 小田なる山に 黄金ありと 申したまへれ 御心を 明らめたまひ 天地の 神相うづなひ 皇祖の 御霊助けて 遠き代に かかりしことを 我が御代に 顕はしてあれば 食す国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして 武士の 八十伴の緒を まつろへの 向けのまにまに 老人も 女童も しが願ふ 心足らひに 撫でたまひ 治めたまへば ここをしも あやに貴み 嬉しけく いよよ思ひて 大伴の 遠つ神祖の その名をば 大久米主と 負ひ持ちて 仕へし官 海行かば 水漬く屍 山行かば 草生す屍 大君の 辺にこそ死なめ かへり見は せじと言立て 丈夫の 清きその名を 古よ 今の現に 流さへる 祖の子どもぞ 大伴と 佐伯の氏は 人の祖の 立つる言立て 人の子は 祖の名絶たず 大君に まつろふものと 言ひ継げる 言の官ぞ 梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩き 朝守り 夕の守りに 大君の 御門の守り 我れをおきて 人はあらじと いや立て 思ひし増さる 大君の 御言のさきの聞けば貴み
4090番 大友家持
訳
葦の生い茂る稔り豊かなこの国土を、天より降って統治された 天照大神
からの神様たる天皇
の祖先が 代々日の神の後継ぎとして 治めて来られた 御代御代、隅々まで支配なされる 四方の国々においては 山も川も大きく豊かであるので 貢ぎ物の宝は 数えきれず言い尽くすこともできない そうではあるが 今上天皇(大王)が、人びとに呼びかけになられ、善いご事業(大仏
の建立)を始められ、「黄金
が十分にあれば良いが」と思し召され 御心を悩ましておられた折、東の国の、陸奥の小田
という所の山に 黄金があると奏上があったので 御心のお曇りもお晴れになり 天地の神々もこぞって良しとされ 皇祖神
の御霊もお助け下さり 遠い神代
にあったと同じことを 朕の御代にも顕して下さったのであるから 我が治国は栄えるであろうと 神の御心のままに思し召されて 多くの臣下の者らは付き従わせるがままに また老人も女子供もそれぞれの願いが満ち足りるように 物をお恵みになられ 位をお上げになったので これはまた何とも尊いことであると拝し いよいよ益々晴れやかな思いに満たされる 我ら大伴氏
は 遠い祖先の神 その名は 大久米主という 誉れを身に仕えしてきた役柄 「海を行けば、水に漬かった屍となり、山を行けば、草の生す屍となって、大君のお足元にこそ死のう。後ろを振り返ることはしない」と誓って、ますらおの汚れないその名を、遥かな過去より今現在にまで伝えて来た、そのような祖先の末裔であるぞ。大伴と佐伯の氏
は、祖先の立てた誓い、子孫は祖先の名を絶やさず、大君にお仕えするものである と言い継いできた 誓言を持つ職掌の氏族であるぞ 梓弓
を手に掲げ持ち、剣太刀を腰に佩いて、朝の守りにも夕の守りにも、大君の御門の守りには、我らをおいて他に人は無いと さらに誓いも新たに 心はますます奮い立つ 大君の 栄えある詔を拝聴すれば たいそう尊くありがたい
この本は、昭和44年(1969年)7月に発行されました。
内容は、
「若きサムライのための精神講座」
「お茶漬ナショナリズム」
「東大を動物園にしろ」
の3つのエッセイと
「安保問題をどう考えたらよいか <対談> 猪木正道」
「負けるが勝ち <対談> 福田赳夫」
「文武両道と死の哲学 <対談> 福田恆存」
の3つの対談から構成されております。
戦後20~25年ごろの時代背景を受けての内容もありますが、
発行から40年経過した平成の現代でも、決して色褪せない、いやむしろ、戦後66年が経過した、今だからこそ、益々この本、特に「若きサムライのための精神講座」の存在価値が高まっていると感じます。
10代~20代の、平成の若き愛国者諸君。
ぜひとも、この本を一読なさってくださいませ。