◆自由という不自由な選択肢
前回記事 に投稿させてもらった贅沢な悩みともいうべき、「自由」という不自由な選択肢。
選択肢が増えすぎると、人はむしろ何も選べなくなるということについてです。
ときどき、考え疲れて「無気力」になってしまうときがあります。
明日から仕事嫌だなーとか。今日、学校行きたくないなーとか。
体から言わせてみれば、ちょっと頭を休めたいのかもしれませんね。
人間の体は良く出来ていて、脳も結構素直なのできちんとサインを出してくれているんだと思います。
さて、考え疲れて「無気力」になってしまうときの大きな原因のひとつは多くの選択肢を、私たちが持っていることです。
病気やストレス、目的意識の欠如、自分の生活する環境といった悩みはもちろんですが、大きな原因ではあるのですが、先に挙げた「多くの選択肢」というのは「問題意識が共存しにくい」ため厄介なのです。
旅行で行っておきたい場所がたくさんあります。
旅行でなくても、私は深海や宇宙には行きたいです。
聞きたい音楽が、たくさんあります。
楽しみたい趣味がたくさんありますし、趣味の幅も広げていきたいです。
タイムリーな話で言えば、オリンピックを見ていて、トランポリンの競技にも挑戦してみたくなりました。
しかし、この選択肢の多さが、「無気力」の大きな原因に成り得るのです。
一見「たくさんある」という状態は、
良い選択をする上で、とても大切なように思えます。
日本は先進国です。
経済的にも豊かな国です。
日本国民は自由を手にしています。
たくさんの選択肢の中から、一番いいものを選べます。
たくさんの選択肢の中から、自分好みのものを選べるのです。
しかし、意外な事実として
私たちの生活を豊かにしている「選択肢の多さ」こそが
私たちを「無気力」の脅威に陥れているのです。
日本の政府は、豊かな日本の象徴として
「選択肢の多さ」を国民に提供しています。
しかしこれが、国民を「無気力」の危険にさらすのです。
なぜでしょうか?
なぜなら、
わたしたち人間は『決定回避の法則』を持っているからです。
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決定回避の法則
米国のニュージャージー州にあるプリンストン大学の
E・シャフィール
博士が行動経済学を基に提唱する法則。
「選択肢が増え過ぎると、
人はむしろ何も選べなくなるという現象」
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・・・したい事、すべき事が増えすぎると、
むしろ人は何も選ばなくなり、無気力になるのです。
つまり、国民に「選択肢の多さ」を提供することは、
国民を「無気力」の脅威にさらすことになるわけです。
だからこそ、重複はしてしまいますが迷う時ほどシンプルに!!
①楽しいと感じること
②わくわくすること、どきどきすること(不安ではなく期待)
③心の底からやさしくなれること
身を守るための判断をするのは各自の「意思」です。「医師」ではありませんよ
授かった命とカラダ、大切にしてくださいね(^O^)!
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気が向いたら是非★
