第二節:日本国国歌「君が代」前編
皆様こんにちは、志張間 内斗です。
今回から、現存する国の国歌についての解説が始まります。
記念すべき第一回は勿論
日本国国歌「君が代」です。
語りたいことが多いので、二回に分けて解説いたします。
「君が代」の歌詞の意味
では、実際に君が代を聞いてみましょう。え? 聞かなくても君が代くらいわかるって? そんなこと言わずに聞きましょうよ。
この動画は、世界の国歌を紹介しているYouTubeチャンネル"World National Anthems"様の動画です。いつもお世話になっております。
さて、日本人なら誰しも歌ったことがあろう「君が代」の歌詞、皆さまはご存じでしょうか?
歌いはするけど、その意味を理解できていないという方もいらっしゃると思いますので、ここで解説いたします。
君が代
君が代は
千代に八千代に
細石の
巌となりて
苔のむすまで
※現代語訳
小さな石が寄り集まって大きな岩となり、その表面を苔が覆うほどの長い間、天皇の治世が続くことを願います。
君が代のもととなった短歌は、平安時代に編纂された日本最古の勅撰和歌集(勅撰和歌集とは、天皇の命令で作られる歌集のことです)である「古今和歌集」に「読み人知らず」として掲載されたものが初出です。
その際は、一句目が「君が代は」ではなく、「我が君は」となっていました。
当時、「君」という言葉は何も天皇の身を表す言葉ではなく、二人称として広く用いられていました。
すなわち、「我が君」というのは、祝賀を受ける人のことを指していたというわけでございます。
「君が代」は天皇にとっては天皇の治世という意味ですが、「我が君は」から始まる短歌は、主に歌を受ける人の長寿を祝うための歌として用いられました。
その範囲は、物語、御伽草子、謡曲、小唄、浄瑠璃、歌舞伎、浮世草子、狂歌などの平安~江戸時代までの主要な娯楽をはじめ、箏曲、長唄、さらには舟歌や盆踊り歌など、極めて幅広く使われていたことが知られています。
安土桃山時代の僧で小歌隆達節 の創始者・隆達(りゅうたつ)は、「君が代は」の短歌を恋の歌と解釈し、作曲して広めたそうです。
つまり、君が代というのは、中世から近世にかけて日本人にとっての「ラブレター」だったのです!!!(言い過ぎ)
国歌としての歴史
「君が代」が国歌として認められるようになったのは、明治維新のころ、きっかけは1869年(明治二年)のイギリス王子の来日でした。
第一節で述べた通り、ヨーロッパの国々は十九世紀初頭に次々に国歌を制定しました。
しかし、当時の日本には国歌として定められた曲がなかったため、イギリス公使館護衛隊の軍楽隊長・ジョン・ウィリアム・フェントンがこう言いました。
(フェントン氏のしゃべり方は僕が勝手に想像したものです。実際にこういう口調だったかは定かではありません)
日本人はこれに賛成し、薩摩琵琶歌「蓬莱山」の中に含まれていた「君が代」を歌詞にすることを決め、フェントン氏が作曲しました。
作曲された初代「君が代」は、フェントン自ら指揮し、王子来日の際に演奏されました。
しかし……
この初代「君が代」、とても評判が悪かったのです。
何が良くなかったかというと、フェントン氏は別に日本語が得意だったわけではなく、旋律が歌詞に合っていなかったといわれたのです。
そのせいで歌いづらく、威厳のない曲になってしまったといわれています。
1876年(明治九年)、海軍楽長の中村祐庸が、海軍局事務局長宛に出した上申書「天皇陛下ヲ祝賀スル楽譜改定之儀」には、以下のように書かています。
「(西洋諸国において)聘門往来などの盛儀大典あるときは、各国たがいに(国歌の)楽譜を謳奏し、以てその特立自立国たるの隆栄を表認し、その君主の威厳を発揮するの礼款において欠くべからざるの典となせり」
つまり、国歌が最も輝くのは外交儀礼の時だからもっと日本らしい威厳のある曲にしろってことですね。
そんなわけで1880年(明治十三年)、新「君が代」の作成が始まります。
日本人の手で雅楽調の旋律が書かれ、ドイツ海軍軍楽教師のフランツ・エッケルトによって和音が作られました。
フランツ・エッケルト
そして、新「君が代」は、同年10月25日に試演され、翌26日に軍務局長上申書である「 陛下奉祝ノ楽譜改正相成度之儀ニ付上申 」が施行され、礼式曲としての地位が定まりました。新「君が代」が公に披露されたのは、11月3日の天長節(現在の天皇誕生日)でした。
まとめ
以上から、君が代の歌詞はとても古い歴史を持ち、国民に愛され続けたということがわかりますね。
しかし、明治時代になっても「君が代」は、正式な国歌の地位を獲得していませんでした。
「君が代」が正式に国歌と制定されたのは、1999年に「国記及び国歌に関する法律」が施行されてからです。
戦後、新しい国歌を制定しようとする運動があったり、法制化に至るまで歌詞の解釈で論争が起きたりしますが、それはまた次回、第三節:日本国国歌「君が代」後編にて解説いたします。
今後とも皆様良き国歌ライフを。
またお会いしましょう。
※参照:Wikipediaなど


