目を覚ますと、馬車ではなく、屋根すらなくなっている廃屋の中だった。
貴重な毛布や高の鞄がなくなっている。
身ぐるみ全部はがされてないところをみると、馬車は何か性急な事情に出会ったのではないかと高が推察する。
 
その向こうに土塀が見え、高が何か怪しげな交渉をしに、一人で町へ向かう。残った久三は、その廃屋で家族らしい5つのミイラを見つける。
 
 すぐ頭のところに、ちょうど日ざしに半ばかかって、石でほりこまれた文字が読めた。

 
 ムネン
 ミチ ナカバニシテ
 ココニ
 ワレラ ゼンイン
 ネツビョウニテ
 タオル
 二十一ネン ナツ
 ミズウラ タケシ
 ホカ 四メイ

 
 久三ははじめいやな気がした、休息の邪魔をされたように思ったのだ。それから、相手が同じ日本人であるのに、そんなふうに考えるのはすこし気の毒なような気もした。誰だろう?どこからやってきたのだろう。子供がまじっているところを見ると、家族かもしれないな、それとも会社かなにかの同僚だったのかな?・・・あの小さなミイラは、きっとあの女のミイラの子供にちがいない、どっちが先に死んだのだろう?・・・すると、急に、なんだかこわくなってくる・・・もしかするとこの連中も、おれたちと同じようにあの荒野を歩いてやってきて・・・そして、あの苦しみのあとで、まだ死ななければならないなんて、はたして信じることができただろうか・・・いや、そんな不公平は、絶対に信じることができなかったにちがいないのだ・・・久三はぞっとして後ずさりする。ミイラたちが彼をうらんでいるような気がしてきたのだ。
 
 
高は村で、ある将校に車の便に同乗させてもらえるよう手配してきたが、そのために久三は全財産を将校にわたすよう高にせまられてしまう。
二人は瀋陽にたどりつく。そこで又久三と高は別行動になるのだが、一切は高の計略で、高は久三から預けていた阿片と身分証明書を奪い、久三の名を語って日本行きの船に乗る。
ところが、久三の方でも、日本の将校に出会い、同じ船に乗ることに。。。
 
久三を名乗って船の客室にいる高は、本物の久三に引き合わされて嘘がばれ、囚われの身となってしまう。チョッキに隠していた阿片は没収され、船の狭い空間に足首を手錠で繋がれ、衰弱している。その高を久三は発見する。したたかな高もついに狂ってしまった。。。
 
「・・・実はな、相談したいと思っとったんだがな・・・いいか、重大な秘密だぞ・・・おれはな、この船を買いとったんだぞ・・・しかし、実をいうとな、君も知っとるとおり、おれは重大な使命をもっておる・・・それで、こうして、身をかくしておらんとならんのでな・・・いや、わざわざ尋ねてきてくれて、ありがとう・・・」
 薄気味わるくなってきた。思わず身を引こうとして、高の強い腕に抱きとめられた。単調に、うたうように高がつづける。
「まて・・・その話というのはだな・・・誰も聞いておらんだろうな・・・実は、私は、満州共和国亡命中央政権樹立の任務をおびてきておる。・・・しかし、どうやら情勢が緊迫しておるんでな、ここでとりあえず、大統領の就任式をやろうと思っとるんだがな・・・むろん極秘だ・・・そこで、君にも、参列してもらいたいと思っとるんだが・・・分るかな・・・私は任務をおびているんでな・・・しかし、こいつは極秘でな、日本人だけに教えるんだが、私は本当は日本人なんだ。久木久三と言いましてな・・・」
 
久三は焦る。高から阿片の分け前をもらうはずであったのだ。船長の部屋をひっくり返し、阿片を探していた所を捕まってしまい、暴れ回った挙げ句、ついには高と一つの手錠で結び合わされ、外から錠をおろされる。
 
船は日本を眼前として、沖合で何やら怪しい取引をすすめ、決して上陸することもない。
日本はそこに見えているにもかかわらず、なぜ高なんかと一緒につながれなければならないのでしょう。以下は末尾の文章です。
 
・・・ちくしょう、まるで同じところをぐるぐるまわっているみたいだな・・・いくら行っても、一歩も荒野から抜けだせない・・・もしかすると、日本なんて、どこにもないのかもしれないな・・・おれが歩くと、荒野も一緒に歩きだす。日本はどんどん逃げていってしまうのだ・・・(中略)
「アー、アー、アー。」と高が馬鹿のようにだらしなく笑いだした・・・そうだな、もしかすると、おれははじめから道をまちがえていたのかもしれないな・・・「戦争だぞ、アー、アー、戦争だぞ、アー。私は主席大統領なんだぞ、アー。」・・・きっとおれは、出発したときから、反対にむかって歩きだしてしまっていたのだろう・・・たぶんそのせいで、まだこんなふうにして、荒野の中を迷いつづけていなければならないのだ・・・
 だが突然、彼はこぶしを振りかざし、そのベンガラ色の鉄肌を打ちはじめる・・・けものになって、吠えながら、手の皮がむけて血がにじむのにもかまわずに、根かぎり打ちすえる。
 
「故郷」とは安部公房の実存主義に於いて、「自己への執着」の意味があったのでしょうか。または、「生きた証」
 
 
おしマイケル