私小説を読むときの最大の興味は、読者が作家の告白に共感を抱くか否か、であろうと思います。

『蒲団』には何があるのでしょう。自らの内面の羞恥を世間の目にさらし、きわめて具体的な共感を迫ってくる以外に。
田山花袋が『蒲団』の末尾の文章を書き終えたとき、彼はニヤリッとしなかったか。
赤ウーピンを切って、2,8筒の双ポン待ちでリーチを掛けたときのような、悪魔のホクソ笑いをしなかったか。

 
ある意味成功だった『蒲団』は、羞恥の告白の代名詞に収まりました。
 
島崎藤村が『破戒』という衝撃の告白小説を出したことが、田山花袋には大きな刺激だったようです。田山花袋は、『破戒』を超えるような告白の機会を待っていました。
 
 
田山花袋の熱烈なファンで、岡田美千代さんという人がいました。花袋崇拝者だったようで、ずいぶんとファンレターを送っていたとのこと。
彼女は神戸のミッション系の女学校に通う為に故郷である岡山から出てきています。
花袋とは相当の文通をした挙げ句、尊敬すること極まって、ついに父親と一緒に上京して弟子入りを懇願します。
花袋はその情熱と彼女の美貌に心を奪われ、弟子入りを許し、自宅に引き取ります。
美貌の弟子から「先生、先生」と崇められ、花袋は有頂天に達し、師匠と弟子は緊密さを増していきますが、それを見て、危険を感じた花袋の奥さんが岡田さんを実家の姉の元に預けました。
 
その後、岡田さんは同志社の学生と恋に落ちる。学生は学業を捨ててまで上京し、二人の結婚の許しを花袋に請い願う。
自分には妻子がいるとは言え、美貌の弟子への恋に熱中していた花袋は落胆するものの、岡田さんの師匠としてやむなく岡山の両親に二人の結婚を説得します。
 
田山花袋の身の上に起こった中年の日の事件。
登場人物の名を、花袋を竹中時雄、岡田さんを横山芳子と変えただけの、花袋を襲った春の嵐そのままを描いた作品という訳です。
 
冒頭の文章です。
 
 小石川の切支丹坂から極楽水に出る道のだらだら坂を下りようとして渠(かれ)は考えた。
「これで自分と彼女との関係は一段落を告げた」三十六にもなって、子供も三人もあって、あんなことを考えたかと思うと、馬鹿々々しくなる。けれど・・・・・けれど・・・・・本当にこれが事実だろうか。あれだけの愛情を自身に注いだのは単に愛情としてのみで、恋ではなかったろうか」
 数多い感情ずくめの手紙___二人の関係はどうしても尋常ではなかった。妻があり、子があり、世間があり、師弟の関係があればこそ敢て烈しい恋に落ちなかったが、語り合う胸の轟、相見る眼の光、その底には確かに凄じい暴風が潜んでいたのである。機会に遭遇しさえすれば、その底の底の暴風は忽ち勢を得て、妻子も世間も道徳も師弟の関係も一挙にして破れて了うであろうと思われた。
 
 
熱情の隠った手紙の数々、尊敬してやまない弟子。。。
一つ屋根の下に住み、身に回りの世話までしてくれる。
舞い上がっても仕方がありません。

きっと、渠(かれ)に理性さえなければ、美貌の弟子を説き伏せることができた。彼女は決して断らなかった。きっと自分の物にすることができたという思いが渠をますます切なくさせます。
 
そして、若い二人の将来の為に骨を折り、彼女を田舎に帰してしまった後の部屋に佇む主人公。

以下、末尾の文章です。「蒲団」という題号の由来は、ここで初めて明らかになります。
 
 
机、本棚、罎、紅皿、依然として元のままで、恋しい人はいつもの様に学校に行っているのではないかと思われる。時雄は机の抽斗を明けてみた。古い油の染みたリボンがその中に捨ててあった。時雄はそれを取って匂いを嗅いだ。暫くして立上がって襖を明けてみた。大きな柳行李が三箇細引で送るばかりに絡げてあって、その向こうに、芳子が常に用いていた蒲団___萌黄唐草の敷蒲団と、綿の厚く入った同じ模様の夜着とが重ねられてあった。時雄はそれを引出した。女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟の天鵞絨(びろうど)の際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。
 性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。
 薄暗い一室、戸外には風が吹暴れていた。