映画ブログの方で最近失神した話をしました。

直接の原因は仕事と実家事情による短期間での二度の帰省で疲れ果てたせいですが、実はもう一件あります。


うちの母、アルツハイマーで老人ホーム(スゲーいいとこ。私が入りたいくらい)に入ってます。といっても徘徊するとか日常生活がおくれないってほどじゃなく。

さすがに家事は無理ですが、まあパッと見はアルツハイマーというより単なる高齢による物忘れにしか見えないと思います。

でもじわじわ忘れていくことは増えていて、特に短期記憶はもうガタガタです。会話すると同じ話題をぐるぐる繰り返して気づくと30分くらい経っている、なーんてのもザラ。

去年はまだ季節が理解できてたけど、いまは無理ですね~。


で、その母と、姉たち&私で、久々テレビ通話したんです。

そしたらですよ、母は私だけ顔がわからなくなっておりました。

通話中、何度声をかけても「え?しのぶかね?」。

本人見ながら「しのぶはどうしとるか知らんね?」と言う。


あのな。

あんたの娘が3人いることは覚えてるんだよな? 

で、似たような顔があんたの見てるモニターに3つ並んでるわけよ。

なのにどーして2人までしか認識できんのかいっ!


まあね、そうなるだろうなと思ってはいましたよ。

それまでも、私と電話したり会ったりしたことが、後から話すと姉たちのどちらかだったことに記憶が刷すり変わってることが多々あり。

でも姉たちを私と間違えることはない。

母の中では、もう何年何年も私とは会いもしてなきゃ話もしてないことになっているらしい(笑)


私は姉たちが中学生になって手がかからなくなった頃にうっかり出来ちゃった子なので、母としては人生ゲームをリセットされた気分がどっかにあったんじゃないかなと。

そのせいか、私には子供らしいところに連れてってもらった記憶が少ないです。子供向けの場所やイベントに連れてってもらえたのは、小学一年生まで。

記憶でも残っている写真から推理しても、間違いない。


母の趣味で、美術展はやたら連れていかれました。

お出かけする場所は大人のオシャレな街でした。

映画も世間一般で人気のある、ごく普通の大人向け映画に連れていかれました。

公園に行っても、私を置いて1人で木に登ったりする人でした(母は高いところが好き)。


でも、そこで経験したあれこれ自体は、今の自分につながるものが多いので、別段不満はありません。

ただ、他所さまの子供たちと同じような経験がほとんど無いこと、そしてそれは決して教育方針などといったものではないことに、もやっとしていました。

なぜなら姉たちには、あちこち子供らしいところに連れ出してもらった記憶も、その証拠としての写真もたくさんあるから。


要するに、当時アラフィフだった彼女は、自分の見たいもの行きたいところに、ただバッグについたチャームかなにかごとく私を持って歩いてただけのことなんですね。


そういうことを子供の頃から無意識に感じていたからか、私は「家が火事になっても、絶対母は私をほったらかして先に逃げる」と思って生きてきました。

で、本当に私が逃げ遅れたら父のせいにするんだろうなと。

こういったら父は気まずそうにしつつも、同意しておりました(笑)

昔っから、私の身に起きたことは何でも父のせいになるんですよねえ。

あ、いま気付いた!

40過ぎで私を産む羽目になったのも、

まあ父のせいと言えば父のせいか!

じゃあしょうがねー、黙って責められてろ、親父!


しっかしまあ、母がゆるーいアルツハイマーになってから、色々と彼女の根っこが出てきて、わかっちゃいたけどわざわざ見せなくてもいいんだがなー、とは思います。

私のことを忘れるなら、いっそのこと産んだことまで忘れてくれると気が楽なんですけどねえ。


今のところは、こう、時々もやっとする自分を認めて可愛がりつつ、母については諦めの境地に向かって自動的に進んでいるところです。

もはや止めようがない。


という事で、私は常々、娘であることは副業だと思ってましたが、この1ヶ月で単発アルバイトになりました。

ここ1ヶ月での稼働時間は、うーん……


20分?


もうね、こうなったらそんなもんでいいんです。

親孝行がと言う人もいますが、あれこれ相殺すれば、まあここまで一応つつがなく育ってることで十二分にお釣りがくるでしょう。

いいんです。

娘でいることなんか、諦めちまえ。

で、本業(自分自身)に精を出すことこそが、この世に産まれた人間の本分ってもんだわな。


↓失神した話はこちら