onionのブログ

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2010年2月から始めました。

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映画の始まりとともに、凄まじいばかりの 「学級崩壊の実情」 を (あえてそういう言葉を使えば) 「堪能」 させてもらった。この学級崩壊の姿は戯画化なのか、つまり大袈裟に描いているのか、それとも 「そうそう、ほんと、こういう学校あるよね」 なのか、子供のいない私には現代の中学生の 「先生に対する礼を失する態度」 の実態を知る由もないが、少なくとも昭和30年代から40年代にかけて少年時代を過ごした私には信じがたい光景だと言えるだろう。友人の教師が公の場で口にできないことを代わりに言うとすれば、この光景の淵源は先生が教え子にビンタやゲンコツができなくなったことに由来するだろう。

戦争が終わり自由で民主的な世の中になったとはいえ、いみじくも教師が教壇でしゃべっているときは、その話がいかに退屈であっても、私たち生徒は黙って先生の話を聴くだけの 「常識」 は持っていた。授業中、生徒同士で勝手にしゃべりまわる馬鹿はいなかったし、教室を徘徊するような馬鹿、急に教室を飛び出していくような馬鹿、そして学校を長期で休む不登校生徒などひとりもいなかった。学校とは行って当たり前、自動的に登校する場所であり、いろいろ嫌なことがあっても、とにかく行けば友誼を結ぶ何人かの友だちが必ずいたし、このようにすべての学友が 「敵になる」 という状況が信じられぬ。

さらに、この物語で私が想定することが不可能だと思うのは、殺人を犯してみたくなる子供の存在だ。殺人を犯す? そりゃ憎いやつをぶっとばしたくなることも多々あったろう、人を殺したくなることも。しかし実際に人を殺してしまった少年、そんな馬鹿者を想定することができない。あの頃は、勉強のできる子は 「一直線」 で 「工学博士」 になるのが夢だったし。高いIQを持つ子が 「半周捩れて」、それを自己の欲望成就(この場合、殺人)のために使おうなんて考える者は、いるわけがなかった。知性の発現と使い方はそれを領導する者がいなければ―その 「師匠」 の自己発見も含めて―順当に開花することはない。


80年代から小・中学校で突如発生したいじめ。今はいじめが大学生にまで浸潤しているらしい。今の大学には父母参観日や父母同伴の面接相談会というものがあるらしい。なぜ、大学生活に親がコミットするのか、また当人が親の関与を許すのか。みっともない。トイレの個室で昼食を摂る学生が多いと聞く。そのあり得ない姿は、学食で一人で食事をしていると学友にひとりぼっちなやつだと見られるので、その 「いじめの視線」 から逃れる為に、一人でいることを誰にも見られない所で一人でいるらしい。「孤独であること」 の実存を噛みしめることが人格形成上必要不可欠であった大学生活は、今や遠くに去りぬ。

さて、以上のような感想を―「もう終わったな」 感を―私に抱かせたのは、この監督の演出が抜群に優れたものであり、ここに出演している子供たちが、監督の要求によく応えて 「現在の得体のしれない中学生の生活と心情」 を醸し出すことに(素でやっているように見えることに)成功していることの証左だと思う。

(了)

人の評価と信頼は他人がするものである。

 

 人の評価、信用、信頼は他者が決めることです、自分が決めることではありません。これは人間認識の、いわば原理的な常識です。いかに自分が素晴らしいか、いかに自分が一生懸命やっているか、いかに会社に尽くしているか、それを言うのはいいでしょう。なぜなら、人間とはそういうことを言うものだからです。自己評価を高く思わない、言わない人間はいません。逆説的にいえば、その自己評価設定の「勘違い」が、われわれの向上心の源でもあるからです。


 しかし、人間の評価や信頼は、「後から付いてくるもの」です。例えば、A君が会社に対してこんなに仕事をしているんだ、こんなに社に貢献しているんだと主張しても、社の側が、『A? あいつは定期的にトラブルを起す、トラブルメーカーだから、信頼に足らんな』と思われていたら、それがA君の評価なのです。これがA君に対する評価の厳然たる事実なのです。人はそこを勘違いするのです。主観的評価と客観的評価のすれ違い、どころの話ではなく、実際は、しばしば真実は、「真逆」である事の方が多いのです。


 例えば、辞められたSさん。彼女は退職するに際して、皆さんから寄せ書きの色紙をプレゼントされました。私の長いキャリアーのなかで、「色紙」までもらった人は、Sさんが初めてです。では、この色紙にはどういう意味があるのでしょう。それは皆さんが彼女の退職を心から惜しんでいる、と同時に、彼女がわれわれから絶大な「信頼」を勝ち得ていたという「証拠の品」であるという事だと思います。


 では、彼女の高い評価と信頼はどこから生まれて来るものなのでしょうか。彼女には○○と××を担当してもらっていました。彼女はそれらの担当を完璧にこなしてくれて、△△に対して貢献してくれたからでしょうか。また、ここでは何らかの事情で仕事を休む時は、他者にお願いして代わってもらうシステムですが、一番代わって“あげていた”のはSさんでした。つまり、自分の休む所を無償で代わってくれたSさんが“ありがたかった”からでしょうか。


 確かに、私は彼女の休みの日である土曜日に、しばしば臨時に出勤してもらいました。日曜日は、本来、昼からだった出勤を朝から出てもらいました。しかし、彼女は一度も『やってあげたんです/ほんとうはやりたくなかったんです/やらされていたんです』といった発言をした事がありませんでした。彼女の言う台詞は、常に『私の出来ることは、何でも協力します』というものでした。


 そういった、業務上の実務的な貢献も、もちろん重要なファクターでしょう。しかし、私はそういうことを超えたところにある、彼女の常日頃の物事全般に対する「姿勢そのもの」を皆さんが観て、感服し、感動すらし(私はそうでした)、その結果、彼女に全幅な信頼を寄せていたからではないでしょうか。抽象的な言い方ですが、私にはそうとしか考えられません。


(了)

ビートルズ論

 ビートルズがビートルズたり得た理由が100項目ぐらいあるとしたら、言葉の使い方が正確ではないかもしれませんが、彼らが『狂っている』こともその一つだと思います。当然、彼らの人を食ったような、人を煙に巻くような『ユーモア(ダジャレ)』もその項目の一つだと思いますが、この“狂っていること”とそれとは紙一重ですね―っていうか表裏一体? でもこれが、私たちを熱狂させてしまうわけです。

 だいたい、「お前は俺の名前を知っているだろう」ってずっと歌い続けている唄も変だし、「お前の足が、息が、歯が臭い! a mile awayから匂うぜ!」って歌うポールもかなりイッテルとしか言い様がありません。でも、彼らのこの狂い方が――このおバカな唄の数々が、私たちを日々のストレスから解放してくれる精神安定剤になっていることも確かですし、極論すれば、仕事への賦活剤(カンフル剤)になっていることも事実です。この一種のパラドックスの存在が、私たちを熱狂させてしまうわけです。

 別の言い方をすれば、ジョンは「ヤー・ブルース」で、朝に死にたい、夜に死にたい、いやもう殆ど俺は死んでいるのかもしれないというペシミスティックな、それでいてロック史上最強の、前人未到(Where No One Has Gone Before)のブルースを歌いましたが、でもその次の曲はポールの歌で、ジョン・デンバーですらカバーした「母なる自然の息子」という大変美しい“フォーク・ソング”でした。

 この言わば二律背反するものを一つの鍋の中で煮込んでしまうというか、この左翼も右翼も取り混ぜた、渾然一体とした、そのパラダイム(と言うかパフォーマンス)の広さ、深さ、その奥行感が、私たちを熱狂させてしまうわけです。

 ビートルズとは、既に何ものかによって破戒されたモノの「跡 or 後」に何かを創造した訳ではなく、またゼロ(無)から何かを生み出したわけでもなく、破戒することが同時に創造行為であるような稀に見る貴重な〈啓示的〉な存在でした。それは尋常ではない狂い方の内に在って、初めて成就された奇跡的なものだったのかもしれません。

(了)


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今、『トウキョウソナタ』を観終わりました。
感想を少し書いてみたいと思います。

―それはある家族の崩壊と再生を描いてもので。。。以上、はい終わり、それじゃしょうがないよね小説じゃないんだから。活字になった文章を読んでなんて書いてあったの?っていうんじゃつまらないよね。。。映画なんだから、まず映されている画を観ることから始めなきゃ面白くないよ。。。

例えば、家族4人で夕食をとるシーンがあるでしょう。親父が「じあ、いただこうか」とか何とかいってやっと全員が食べ始めるシーン。あそこ嫌味なシーンだよね。あそこの嫌味さについての「内容」を語ろうと思えばいくらでも語れるけど、それはこちらへ置いといて。あそこ、なんだか変だよね。なんか邪魔してない? 

画面の左下から右上にかけて斜めに横切っている、二階に上がる階段の木の手すりが画面を邪魔しているよね。なんでテーブルの前に座っている4人を素(す)のままで直接撮らないんだろう? どうして被写体(俳優たち)とキャメラの間に「余計な物」を置いてわざわざ「見えにくく」撮影するんだろう?って思うよね。その答えはね、黒沢清監督だからだよ。これはそうとしか答えられないよ。

その画面を邪魔(分断)しているとしか見えない手すり、逆にいえば手すりが邪魔している画面、それをなにかの隠喩とか象徴とか記号とかで説明することはできるかもしれないけど、でもさっきも言っように、語る(読む)ことよりも「視る」ことを第一に優先すると、このシーンは邪魔があるからこそ見せる(集中して見ようとする)シーンになっているよね。僕なんか、そういう「構図」をわざわざ作った黒沢さんに、またしても「やられた~」って感じるんだけど。

もうひとつ、巨大なショッピングモールでのシーン。清掃服としては少し派手なオレンジ色の作業服に着替える清掃員たちのシーンがあるよね。その中に香川くん(父親)も含まれているんだけど、彼ら変なところで着替えているよね。従業員事務所のような所ではなく、ショップとショップが並ぶ、その間にある大きな通路のような所で着替えているよね。あれがまず不自然だよね。お客さんが通る所だし、誰でも見通せる場所なんかで、普通、普段着から作業着に着替えたりしないよね。あのわざと「売場の領域」で着替えさせている不自然さが「堪らない」よね。観ているこちらがニコニコしてきちゃうもの。

しかもそこにいる5、6人の従業員たちが無言で着替えているでしょう。だれもなにも喋らない。視線すら交わさない。これもまた不自然だよね。あの無言さの「内容」についても語ろうと思えばいくらでも語れるけど―お互いにビジネスライクな関係以上のものは求めない、それ以外の一切の関心も付き合いもお互いに持たない(持ちたくない)―とか説明できるけど、そんな説明をしてもつまらないから、ここではやはり、わざとらしく、こちらがわかるような、白々しい、過剰な没交渉的な雰囲気を作り出している黒沢さんのこだわりに「乾杯!」というしかないね。


「内容」についてやはり少し書こうかな。
この物語は一家の大黒柱である父親のリストラを契機に、家族がばらばらに崩壊していく物語である―と書いてあったり、語られたりしてるけど―違うよね。事実は逆だよね。ばらばらになっていた家族の心が父親のリストラを一つの切っ掛けとして一つに繋がっていく―と言うべきだよね。リストラは終わりの始りじゃあなくて、始まりの初めだよね。

まずこの家族、登場した時点でもうバラバラだったよね、それもずいぶん前からだったんじゃないかな。だから勘違いしない方がいいと思うのは、このアナクロニズムな、僕的には愛すべき香川くん(父親)が家族崩壊のすべての元凶であるわけではないってことだよね。だいたいこの高度消費(資本主義)社会では、男は基本的には会社員勤め以外に生きる手立は無いもんね。サラリーマンが会社をクビになるなんざ日常茶飯事なことだし、会社が倒産することも毎日どこかで発生していることだからね。だからこの現代社会においては、何か一つ歯車が狂えば、男は「変」になるのは当たり前だと思うよ。タイトロープな世界だから。

それに、ずいぶんと年の離れた男兄弟。大学生らしきイケメンの長男は小学校6年生の弟に一切興味がないみたいだしね。構ってあげないよね。弟は弟で兄貴の影響を全く受けてないよね。この没交渉的な男兄弟の設定の仕方も尋常じゃないよね。それに男の子って、「変」な父親とは断絶するけど、母親とは癒着するもんだけど、そういった「ありふれた」母子関係もないよね。親爺とは話もしないけど、お袋とは限りなくなんでも話をするとか、もっとはっきり云えば、甘えるとかしないもんね。そうするとこの母親も「変」だ、と言わざるを得ないよね。母親は一生懸命母親なんだけど、ふたりの息子に「付かれて」いない。それは母としては悲しいよね。この悲しみと半分諦めたよな、いうにいわれぬ無表情な表情を作り出すのはかなり難しい「演技」だと思いますが。

家族がばらばらになる、というのは、自我を中心とした個人の自立を旨とする<近代>においては仕方のないことだよね。さらにあの学校のドライ(僕らの世代からいうとバケモノのよう)な教師のように、ポストモダニズムは、完璧な個人主義者を生み出すように原理的にできているともいえるわけだから、お前はお前(生徒は生徒)、俺は俺(先生は先生)、一切干渉し合うのはやめようぜっていうのも仕方がないかも。でも現実において、観ていてこんな家族にはなりたくないなって、みんな思うよね。明るく、楽しい、幸せな家族の方がいいって思って、当然だよね。

この物語は、その明るく、楽しい、幸せな家族という日常生活を取り戻すためには、非日常を回路していかなければいけない、非日常的な経験を迂回していかなければそれを回復することはできない、とそう描かれているよね。その迂回(非日常的な通過儀礼)は人生につきものの公理がどうか、それは難しい問題だと思うけど、ケースによっては、回復とか再生とか調和を取り戻す方法としては、一つの有力な解決方法になるのかもしれない、とは思う。

だから、自分の子供が弾くプロ級の腕前のピアノ演奏に感動するんだよね。でもそれは日常のなかに含まれている可能性としては、限りなく不可能な反・日常的な出来事でしょう。自分の子供が天才だったなんて普通は有り得ないもん。その小学生の次男が一晩ブタ箱(!)にぶち込まれることも、妻が強盗に襲われて人質にとられることも、その強盗が自殺(!)することも、長男がアメリカの軍隊に入隊することも、夫が車に轢かれ朝まで路上で意識不明になっていることも、日常の中では限りなく不可能性であるところの反・日常的なことだからね。

故に、それが起こること(映画の中でそれを起すこと)によって、家族の崩壊を食い止めることが出来た(かもしれない)という―引っ張り方(展開の仕方)は、僕には少し皮肉なことのように思えるよね。でも、現況においては―現代の家族関係においては、そういう「解決の仕方」もしかたのないことかもしれない―とも思うわけだ。


(了)



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この駄文を、先日、15年間の結婚生活に終止符を打った知り合いの女性(37歳)に捧げる。

さまざまな形で、人は日々、こころ乱れながら生きている。

40年前の商店街VSスーパーマーケットという戦いの構図。しかし、そんなものが主題であるわけがない。われわれは忘れたわけではない、中内を時代の寵児と持て囃したわれわれ自身を、アラモアナ・ショッピングセンターを自己のものにしたダイエーの欲望を、その幻想を―。

「ららぽーと横浜」ができれば、近隣の既存のスーパーは打撃を受け、こころ「乱れる」わけだ。商品の過剰供給。どうぞ、“勝手にやればいい”。ただ、負けた側の従業員はリストラという首斬り遭い、家計は大いに「乱れる」わけだ。『勘弁してくれよ!!』と叫んでも、このハイパー資本主義社会の円環構造(=弱肉強食)は、AKIRA的カタストロフィーでも起きない限り、閉じることはないだろう、未来永劫に亙って―。


戦死した兄の“代わりに”、戦後“すぐに”、独身の弟が義姉と再婚した例はたくさんある。その逆も。

義弟に愛情を告白されて、こころ乱れない女性などいない。
しかし、1945年に戦争が終わり、1956年の「石原裕次郎の時代」を越え、1964年の「加山雄三の時代」になっても尚、10歳以上も年が離れている義姉は、『あなたとは生きてきた時代が違うのよ…』と言わざるを得ないのだ。

戦前の道徳教育のもとで人倫を形成した者にとっては、戦後の“自由”な価値観のなかで成長した義弟(加山雄三)と再婚することなど考えられないのだ。否、この戦後世代に、義姉(高峰秀子)を支え、共に生きていきたいと願う、“崇高な倫理”があったとしても、彼の行動と言説の無残なまでの「軽さ=甘さ」を見よ。松山善三と高峰秀子の夫婦には、そんな「軽さ」は微塵もない。

さて、鑑賞者がもっとも「乱れる」のは、高峰の最後のショット=面貌だろうか?
〈立ち竦む明日―〉
この“人格破壊的な”、突き放された結末に対位して、何のためにそれまでの戦後の二十年間を、この「家」のために身を尽くしてきたのか、この「商売」に身を奉げてきたのか、その「意味」を逆算できる方がいらしたら、どなたか教えて欲しい。


そう、何処かへ出かけるのに、「着物」を着て外出する女性などいつのまにか絶滅してしまった。
女性の普段着と外出着ははっきりと違っていたし、勿論、男性と女性の着る物もはっきり違っていた。
年の離れた者どうしは、その着る物もはっきりと違っていた―。

今だったら、10歳ほどの年の差など簡単に越えられるだろう。同じ時代の空気を吸って生きているのだから。それに30代なんて、現在の基準でいえば、小娘ではないか! 10代の娘と同じジーパンを履き、同じティーシャツを着、同じアイドルのライブを一緒に見に行き、『あら、後から見たら姉妹みたい・・・』か、結構なことだ。知り合いのその女性も、後から見れば子どものような体型に見える。彼女とその子どもたちの第二の人生がいいものであるように願う。


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NHK『世界ふれあい街歩き』は観ていて気持が良い。

 先日、知り合いの男性に、『NHKはいいねえ、大好きだよ』と言ったら、『嫌味なやつだな君は』と言われたのであるが、彼はNHKのもつ教養番組中心主義的なところが嫌味だ、というよりも、NHKは「表層報道主義」だから、物事の表面をなぞるだけの報道しかしない、物事には深い裏事情があって発生するわけだが、―そんなことは誰でも知っていることだが―、それをきちんと「暴露」しないで、お茶を濁すだけのNHKには根本的な限界があるわけだが・・・うんぬんくんぬん・・・と捲くし立てたのである。
 まあそういった批判はよく耳にする平凡な見解だが、なぜNHKを、というかNHKの番組を擁護するとそんなに君は興奮するのか、君はNHKに何か個人的な恨みでもあるのか?とわたしは訝ったのだが―。

 わたしは正確に言うべきだったのだ。「世界ふれあい街歩き」という番組はいいねと。
 「世界ふれあい街歩き」のような優れた番組は、ほぼNHKしかやらないから、現在の所、NHKしか作れないから、ああいう「ほのぼの」とした番組はわたしは大好きだし、民放の「ガチャガチャ」した番組は大嫌いなので、結果、そういうお気に入りの番組を制作し放送するNHKばかりを観ることになるわけだ。


 この番組にははまりました。おそらく、わたしのもつ性向とこの番組がもつ傾向とがどこかでマッチングするのだろうと思う。

 学生の頃、他県に下宿していたわたしは、日曜日になるとよく街に出て街の中をぶらぶらと散歩をするのが好きだった。しかも、メイン通りの店々をウインドウ・ショッピングするのではく、裏路地に入って、街の裏側がどういう風になっているのか、そこにどういう「道」がありどこに続いているのか、そこにどういう風景が展開しているのか、そこにどういう人々が生活をしているのか、つまり町の裏側がどういう「構造」になっているのかを探索するというか、散策するのが好きだった。

 彼女とデートするわけでもなく、ずいぶん孤独な年よりじみた休日の過ごし方だったと思うが、平日はクラブ活動やバンド活動でガチャガチャとキャンパス内を忙しく動き回っていたので、その反動だったのかもしれない。
 ただ、抜けるような青空のポカポカと暖かい見知らぬ街の路地裏を―観光スポットではない所を―彷徨う行動が、「本来の自分に還った」ような、異邦人の一回性の人生のような、センチメンタルなしかもある種の静かな興奮を伴った心地好い気持にさせるのだった。
 まだ二十歳かそこらだったので、路地裏で出会った人たちに声をかけてみるなどという勇気はなかったが、この番組と当時のわたしがシンクロするというか、たいへん懐かしいデジャブをこの番組の主旨や構成や内容に感じるのである。

 村井秀清のテーマ曲と挿入曲がまた、この番組を魅力あるものにさせている。


 NHK『世界ふれあい街歩き』のホーム・ページ
 
http://www.nhk.or.jp/sekaimachi/