全国各地に漁港内や近隣での直売所、農産地の農家直売所などでは、採れたての野菜や水揚げされたばかりのみずみずしい食材が、簡素に陳列され嫁ぎ先を待っているかのようです。

コロナの影響が続くなか、氷の上に並べられた魚達は、売れ残る事も少なく有りません。

そんな現状を心配したあるIT企業の社長さんがこんな事を言いました。

『本物そっくりのダミーの魚を並べたらどうなんだ。氷の上よりも環境管理された冷蔵庫の中に保管した魚の方が鮮度も保たれて合理的なのは皆も承知しているのだから』と。

スーパーマーケットでは、その日の夕飯などに使いやすいように、卸し身や切り身、ともすると下味の付いた焼くだけの魚の切り身などのパックが主流商品で、丸で1匹を買う主婦は殆ど居ないと思います。

このご時世、パック惣菜も所狭しと様々な商品が並べられ、利便性が一番の商品価値となりうるのだから。

そんな中、美味しいものを求めてわざわざ直売所を訪れる人は、並んでいる魚の現物を目で確かめて、その中から良さげなものをチョイスするという、売り買いの基本は外せない事だと考えます。

鯵を買おうと思ったが、隣のカマスがいい目をしていて美味そうだから、ついでにカマスも買ってしまうような、テンションの上がっている状態で、あれこれと欲張り買い物をしてしまう事は多々あります。

私は、時間を作りその社長さんを魚市場に誘いました。

夕飯の買い物をしに一緒に出かけた市場で、色々な魚を眺めた社長さんは、私に並んでいる魚の解説を求めて、あれこれと質問してきました。

鮮度の見方、脂が乗るという事、天然と養殖の違い、産地表記からその魚の状態を推察する事など、現物が並ぶその情報を確かめて吟味し、値段で買う買わないを判断する我々プロの魚の目利き。

ダミーなんかでは代わりにならない事をよく理解した社長さんも、テンションが上がり6匹の魚と貝類などを沢山買い込みました。

帰りの車の中で、現物が並ぶ意味が分かった気がすると、買った魚の料理法の話で盛り上がって、楽しく帰ってきました。

せっかくいい魚を買ったのだから、腕のいい料理人に料理して欲しいとねだられ、その社長さん家族と一緒に夕飯を頂く事になり、私は台所をお借りして、ハマグリは潮汁に、買った魚は新鮮でしたので、天然塩の塩焼きにしました。

大根は、鬼おろしで荒く卸して焼き妻に。

魚、ご飯、汁。

シンプルな夕飯でしたが、皆そのご馳走に大満足の様子で、塩焼きの奥深さにスポットライトが当たったような、嬉しい気持ちになれました。

フランス料理のレストランでは、コース料理として多くの種類の食材を少しずつ頂くスタイルが主流ですが、それは求められる非日常の演出もあります。

普段は家庭料理のような、ある材料を合わせて簡単に、バランス良く頂ける食事を心がけてなるべくシンプルにまとめます。

その社長さん、塩焼きにすると言ったら残念そうな表情が見えましたが、丁寧に下処理し火加減に気を配り焼き上げた塩焼きに感動していました。

美味しい料理で喜んで頂き、私も幸せな気持ちになり、食事を共にした時間はお互いの心の垣根を少し低くしたような、そんな心の通う貴重な時間となりました。

大切な人との食事は、そのようにシンプルで身近な料理の方が、心が近くなれるような、そんな出来事のお話でした。



それでは、

次のお皿を料理して参ります…