お久しぶりです。
いつも通り投稿頻度が低いのでこの挨拶が今後のデフォルトになるであろう、真機械です。
UIの件は色々と事が進んでいて近いうちに何かしら報告できそうなので置いといて、早速ですが本題に入っていきたいと思います。
タイトル通り「技術者が集まっても必ずしも良い作品が作れない理由について」
こちらの一つの完成形の答えのようなものを教わったので、軽いストーリーテイストでお話していきたいと思います。
1,事の始まり
私も小さな希望と成り行きから大学に在学して早3年の時が経ち、次はいよいよ4年生となります。
3年が始まってすぐのころには、私はこのようなブログを掲載しました。
※先にこのブログを読んでおくと、後の理解が非常に得られやすくなります。
今となっては懐かしい記事です。
こちらのお話を今更ながら少しだけ補足しますとこちらの記事は、とある講義の課題によりチーム活動が始まった際に書いたものになります。
そしてもう一つ、こちらの課題の制作物は「スマートフォンゲーム」でした。
更に、私のTwitterを見てくれた方はご存じかと思いますが、こちらのスマートフォンゲームは、G2 Studios株式会社、株式会社f4samurai、ワンダープラネット株式会社、株式会社サイバーコネクトツーの名だたるゲーム企業4社が審査員を務めるゲームコンテスト、「デベロッパーズゲームコンテスト2020」にて大賞を受賞した作品でもあります。
詳細(https://note.g2-studios.net/n/n6389b8a256e6)
素直に感想を述べれば、実際にゲームで過ごし、ゲームで生きてきた人間としてこれほど嬉しいことは無いですね。
さて、このようにしてゲームクリエイターとしての道があります。さぞ4年生の就職活動は随分と他の学生と差をつけられるでしょう。
はい、そんなことは全くありませんでした。
先に断っておきますが、ここでは別に恨みつらみの話はしませんし、そういった意図や気持ちも一切ありません。私が就職に失敗したゲーム企業に対する恨みも当然無く、むしろとても大きな成果として得られる内容であると確信して、敬意をもってこの話を書きます。
実際、この後の就職活動での私は大失敗でした。
「小さな業界とは言えど、コンテストで最優秀賞を取るような、直接的に企業に認められているにもかかわらず」です。
何故でしょうか?
色々な原因はありますが、一言で結論を先に述べますと「企業が求めている人材として、コンテスト時の私と就活時の私が違っていた」ということです。
あまりパッとしない言い方ですので具体例を挙げましょう。
コンテストに出場した作品にて私は「ディレクター」という役職を引き受けました。いわゆる監督です。
ディレクターの役割はズバリ「作品のゴールを決めること」にあります。
さて、そして話は飛んで就活時、私がゲーム企業に入るときに志望した役職は「ゲームプランナー(企業によっては"ゲームデザイナー"とも呼ぶ)」です。
こちらの役割は、作品の企画の立案になります。ディレクターとは違って部分的なものになりますが、似た部分が多い役職なので、これ自体は特に問題はないでしょう。
問題はこの後です。私がこの時、企業に提出した(見ていただいた)作品にあります。
コンテストでは言わずもがな、応募した作品のみを判断材料としたでしょう。
しかし就活時、私が提出したのは「自身が趣味や課題で制作した作品集」でした。
これの何が問題だったのか、今の私にはわかりますが、当時の私には簡単にはわかりません。
4年生になったあとの卒業制作も、その作品集の一部で進める予定だったため、「もしかすればこの傾向はゲーム業界からすれば間違いなのかもしれない」と悩みました。
結果的に私は、このブログを投稿する2日前に、所属する研究室に相談することになります。
2,「目的」と「手段」
真機_械@MABOMEKA_MAIN
「目的」と「手段」
2021年03月24日 15:24
まず私の講師からいただいたお話として、「就活と卒業制作は、無理に一緒にしてはいけない」とのこと。
その前提を踏まえた上で「目的」と「手段」という例を出していただきました。
「目的」とはその通り、「作品の存在意義の追求」や「作品が成し遂げる意味」について、です。
「手段」とは「作品の作る過程」「作品を作るための技術」について、です。
これらをもう少しわかりやすく言い換えれば「目的」は作品の企画、「手段」は制作の技術となります。
つまり、もしゲームを制作する場合、そのゲームの存在意義や案を生み出すことは「目的」の追求となり、ゲームを実際に制作するための技術を得ることは「手段」の追求となるわけですね。
そして私が所属する研究室では、卒業研究以外では「手段」をかなり重要視するとのこと。
これは要するに「作品を制作する際の目的は追求する必要はなく、ただ自分が得たいと思う技術を得ることに専念してほしい」ということですね。
確かに、我々のような学生がいきなり目的の追求から始めてしまうと、逆に成長が難しくなる。だからこその配慮だなと思います。実際に、講師もそう語っていたので。
更に、我々の大学も「手段」で成績を付けてしまいがちである、というお話もいただきました。
さて、ではこの「目的」と「手段」という言葉を土台として考えると、実は様々な問いの答えにもなります。
私が就活で提出した「自身が趣味や課題で制作した作品集」がなぜいけなかったのか。
そして前回のブログ、我々の大学のチーム活動で、闇鍋化現象が発生しやすい理由。
これらの問題すべてにカタをつけましょう。
3,答え合わせ
ここからは少しクイズ形式にしましょう。
ではまず、ディレクターという職に必要なのは「目的」と「手段」のどちらでしょうか。
答えは「目的」になります。ゲームの完成を決定する立場なので、これは確実でしょう。
二つ目に、ゲームプランナーに必要なのは「目的」と「手段」のどちらでしょうか。
こちらも「目的」ですね。実際に起こしている行動はディレクターと似たものですから。
三つ目に、私がコンテストで評価された技能は「目的」と「手段」のどちらでしょうか。
これも「目的」になります。一応プログラマーとして「手段」もふるまいましたが、それ以上にディレクターとしての役割が無ければ、それすら発揮は不可能でしたから。
では最後の四つ目、「自身が趣味や課題で制作した作品集」は「目的」と「手段」のどちらで評価されるでしょうか。
そう。この答えのみ「手段」になります。
つまり「私が成りたいと思っている職と、それに該当する作品が噛み合っていなかった」こと。
これをゲーム企業が見抜いたからこそ、私はそこへの就職に失敗したのです。
企画力(目的)を、制作の技術(手段)で評価する、そんなことは無理なわけです。
だってこれを極端に例えれば「ゲームハードの組み立てを仕事にするために、ゲームソフトの作品を書類選考で出した」のと同じですから。そりゃ当然切り捨てられます。
企業側からすれば「職種は関係なくとりあえず作った作品をかき集めてきたんだな」と思われるのがオチなわけです。
そしてもう一つ、「我々の大学では「手段」で成績を付けるパターンが多い」という言葉。
これも我々の大学にて、チーム活動が絶望的に苦手な人が多い最大の原因です。
実のところ、私のTwitterのTLは授業に対する不満で荒れることが度々ありました。
荒らした人が間違いだとは思っていませんが、以前からこの違和感の正体についてはずっと謎でした。
まず彼らの怒りの矛先がなんなのか。何を得たいのか。
私が大して荒らし側に回らなかったのは何故か。
講義のコンセプトは悪くないのに、何故あんなにも荒れたのか。
これを「目的」と「手段」と照らし合わせて考えると、ちゃんと答えが浮かび上がります。
彼らが怒りを向けていた講義は、基本的に「チーム制作」での講義が大半を占めていました。
上記から言っている通り、チーム制作は「目的」が最も重要です。
つまり彼らは、「目的」を重要視する講義に怒りが集中していたわけです。
それに対し、私を除いた学生は「手段」での対抗を行っていました。「ビジュアルが良ければ評価してくれるであろう」と。実際に私のチームにもそれを強要しようとした人物がいる始末です。
しかし、それは評価されなかった。就活に失敗した経験談でも言いましたが、これは当たり前ですね。それが怒りの原因だったわけです。
そしてこの「手段」での対抗、この結果物こそが「企画の闇鍋化」なのです。
タイトルにもある「技術者が集まっても必ずしも良い作品が作れない理由」の答えにもなりますね。
また、これしかやり方が無かった、とも捉えられます。
「手段」は、悪い言い方をしてしまえば「俺が考えた最強の作品を生み出すための技術」とも言えます。確かにこれは作品を作るための動機として最も動きやすい。しかし、他者の理解は得にくい。
他者の理解を得るためには「目的」が大事。しかしそんなものは大学では学べていない。ましてや、そもそもそれが評価されるとは微塵も思っていない。
となれば、消去法で「手段」での対抗でしかできなくなるわけです。
みんなの好きな要素を集めて一つの作品にしよう、という結論に全員が無意識に至るわけです。我々の大学の環境ではこんな暗黙のルールがいつの間にか生まれていました。
これが逆に仇となりました。
「この講義では、大学側が教育を苦手としている「目的」が評価される」
これを知らされていなかった学生は、プレゼンの評価の際に肩透かしを食らったわけです。
これが企画の闇鍋化が各チームで頻発した元凶、そして多くの学生が怒った原因です。
4,まとめ
私はこの現状が非常に危険だと考えています。
なぜなら、せっかく「目的」を評価する講義を入れたにもかかわらず、いまだに多くの学生がその重要性に気付いていないわけですから。
対策案が真逆の方向に働いているのは、決して良くない傾向です。
なんとかしてこの現状を変えるために教授や講師に助力ができたらなと、私は考えています。
また、これを見てくれている方も、この際に「目的」と「手段」の意味や重要性に気付いていただけると助かります。
何か意見や質問、お話があれば、気軽にコメントを下さい。
ブログとは全く関係ないお話でも、すでに答えたかもしれない質問などでも歓迎します。
それでは、本日はこの辺で…。
最後に軽くUIの進捗情報を。














































