新宿ナイトメア-元・風俗広告営業の思い出日記-
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風俗広告の思い出~すごい会社に入社した~

ども、新宿ナイトメアです。HNもタイトルと同じです。

おそらく2流といわれるであろう大学を卒業した後、なぜか風俗の広告ではそれなりの地位を持つ
広告会社に入り、3年間営業してました。

ここでは会社の名前は‘M‘とさせてもらいます。

その会社を辞めて数年、一般企業で働いてるとなかなか尋常じゃない思い出が多く、
どうせ書くなら東京の夜を彩る女衒の世界を書いてみるのも面白いと思ってネタにすることにしました。
世間に出たばかりのガキがカタギじゃない人達を相手に悪戦苦闘、時にはホロリとくることもありました。

思い出ネタなんで3年分のネタがつきたら終了になると思います。
それでも当時思ったこと、感じたことはとっても多かったので、
通りがかりの皆様、ちょいと覗いていってくださいませ。

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就職氷河期も最悪のレベルに達しようとした年頃、僕は行く当てもないまま大学を卒業した。
実は夏ごろある会社に内定をもらってたんだけど、研修だなんだで夏休みが潰れてしまう。
僕は大学4年の最後の夏を遊び通したい、そんなバカ丸出しの理由で内定を蹴ってしまったのだった。

で、卒業後3ヶ月フリーター生活をしながら広告会社の面接を受けまくっていたんだけど、
「じゃあ来週から来て」と気前のいい返事をくれた会社があった。

ただし「風俗関係‘も‘やってるけど」という前置きつき。
僕は何も考えず「よろしくお願いします!(握手)」と条件を飲み、なんだかよくわからないまま
あまり世間では知られない東京のアンダーグラウンドへ乗り込んでいったのだった。

小さな広告代理店ならだいたいどこでも似たようなものだと思うけど、営業は客をつかむところから始まる。
僕は「見た目がハデだから」という理由で新宿・渋谷を担当することになった。
そしてはじめにやったのは、風俗誌を見ながらのテレアポである。

正直その年になるまで、僕は風俗雑誌なんて見たこともなかったし存在も知らなかった。
ハダカのお姉ちゃんがソーセージを淫靡に舐め回すなどといった肉欲の権化のごとき写真の端っこに載ってる
電話番号にひたすら電話をかけまくる。

‘M社‘は独自の風俗誌も出していたのでその取材も兼ねて、というとアポイントも取りやすかったが、
もちろん右も左もわからない新卒の営業がはなからいくわけにもいかず、上司に同行してもらい、
ついでに付近の上司担当の店に寄って集金や原稿確認をする。

風俗店で‘社長‘とか‘店長‘と言われる人々は意外と優しいもので、最初から危ない目にあうことはあまりなかった。
お金もなにげにきっちり用意してくれている。
(もちろん後々ホントに危ない目にあったことも少なからずある。その話はまた今度)
特にキャバクラの店長は非常に折り目正しく、ともすれば雑用に使われかねない僕ら下っ端の営業にも
礼儀正しく接してくれた。

そんな中、最初に僕に訪れた試練は以外にも会社の内部だった。

入社3日目くらい、そんなに時間が経ってない時期に社長じきじきに
飲みに付き合えという指令が下った。今思うと、周りの人は「ああ、この時期がきたか」というような面持ちで
見ていたように思う。

一通り仕事が終わった後、先に社長が入って待っている風林会館6階のキャバに向かう。
もちろん学生上がりのガキ、飲み方や大人の盛り上げ方なんてわからないから借りてきた猫のように
おとなしく座る。

社長「仕事どうだ」
僕「え、あ、がんばってます」

バチーーーーーン!!!

なぜか尋常じゃないパワーでビンタを食らう。この時点で半泣きですよ。

この後数時間に渡り、一言答えるとビンタを食らうという異例の洗礼をいただき、
僕の風俗広告営業マンとしての一歩が始まったのでした。

次回からはもう少し濃い目な話を投下していければな、と思います。。。