イエス
Jesus

その煙を吹き払い、その数々の鏡を破壊して、そして皆さんの永遠の故郷へと目覚める
Blow away the smoke, destroy the mirrors, and awaken into Reality your eternal Home!

March 31, 2014 by John Smallman
ジョン・スモールマン経由
Channeler: John Smallman

この数々の霊の領域の中でわたし達の歓びが高まり続けている理由は、皆さんの目覚めがこれほど近付いているからです。
 
もしもそれがひとつの物質的な触知できる物事なら、皆さんはおそらくほとんどが手を差し出して、それに触れることができます。
 
しかしいうまでもなく、それはそうではなく、そしてそれは今後、突然皆さんを包み込むことになるでしょう。

*メッセージの詳細は下記リンクよりどうぞ。
http://twinkle-star999.blog.so-net.ne.jp/2014-04-12-2 by twinkle-star999様

*シンクロニシティ:鏡の解釈
神権問題(笑)・・・いや、ただの笑い事じゃないかも(笑) 

シンクロにシティを通してわかってきたことは、特定宗教や特定人物に神仏が特別に存在して(かかって)いるわけでなく誰にでも何時でも神かかっているだろうという確信です。というより、神かかっていないものなど、この世にはないのではないでしょうか。

事実、私はキリスト教徒や宗教、どこか特定の神道をやっている者ではありません。ネットに転がっている情報から自分なりに判断した結果、日々、全ての神々、存在様を拝ませて頂いてます。

偶然は誰にでも起きますが、何度か経験した偶然が、どうにも運命的な事に気づき、どうにもその経験が何か(カルマ的な意味合いのもの)に嵌まっているような気がしました。

キッカケはともかく人々の為になる仕事、人生で生きようと思っているのに、何故か「いいぞと思うところでガッカリさせられる(負けとか、失敗とか、損したとか、そのような意味ではなく、同様なめぐり合わせ、繰り返し的な意味です。)」人生に(笑)、どうしても納得いかなかったもので、何だこの偶然は?となったのです(笑)・・・

その偶然から、本当に神や仏だとか言われる存在達や宇宙の摂理的なものによるのかどうかを、先ずは自分なりにはじめ納得し、次に、ネットに溢れる神々等のメッセージと意識の変革をする中でシンクロするか検証してみただけなのです。

その結果、今では、それは見えない無いのに在るのです。意識して意図している内に、あら?マジ?発見した!気づけちゃった♪という話です。

シンクロニシティは単なる人々の送受信器的なテレパシー的なものかもしれません、しかし、テレパシーというだけのものとしての説明できない事にも気づいてくるのです。

文字だけならともかく生活の中での変化などもシンクロしてくるわけです(正確には気づく事ができれば、いつでも何かとシンクロ(共鳴)しているのだと思いますよ。)。そうすると次元は存在するという事になってくるからです。

次元が存在するなら別の世界の存在や、神々等が存在しておかしくありません。それは、人々の意識の何らかの部分かもしれません。しかし、それを説明するなら、結局、次元や存在という解釈が必要になってきます。

そうすると、その次元や存在。自分たちは、一体、真実としては、どんな存在なのだろう?となってきます。結局、根源・・・無限の存在である神にたどり着くのです。無限故に神であり自分であり・・・アルファオメガですね。・○。

無限の存在が根源故に、誰がどれだけいようと、皆それぞれ、無限の存在(創造主)であるという事になります。

意識階層的には、神々、天使、云々という区別もできてしまいますから、無限故に意識の階層はあっても上下はなく、ただ、それらも私であり、在り方がこのようになっているだけだとなってくるわけです。

では、我々は一体ここで何をしているのだろうか?という事になってくると、学校・・・修業の場という言葉が適当になります。ただ、修行の場とすると、過去からのイメージが先行して奇特な事を始めてしまいますから、学校が適当でしょうね。

それを感じるためには、過去に因む教えや道的なものは、とことん疑って見ることも必要になりました。しかし、どんなに調べようと、神や天使等に関する、真実なんて出てくる可能性はあまり無い事に気づいてきます。※意識やマインドが邪魔しているという事など、参考にはなる事はありますが。

真実は、今に存在する自分自身が意図し、意識に注意し、体験するしかないのかもしれませんね。私がいくら、シンクロニシティがーーといったところで、本人が体験してみようと意図し、工夫してやってみるしかないのと同じです。また、同じような事を自分の真実として気づく為の体験の可能性は、シンクロニシティだけではないと思います。

しかし、体験できても、いくら真実であっても、それだけでは、ただ、奇跡を体験しているだけで、面白いというだけにしかなりません。奇跡がいくら起きたところで、それだけでは意味のない理由になってきます。

内面に対する気づきや理解のために奇跡(不思議な偶然)が起きるているのでは?という事に気づいてくるわけです。・・・誰かが奇跡を起こしたら信じるよ!という理屈では、創造主としての向上(自分が起こしたわけじゃない)ができないのが自分で分かってくるところです。

あるとき、奇跡(気づきのための不思議)を起こしているかも?と感じた時、自分って凄いじゃん!となり、自然と気づいていく事を極めていくのが「道」なのかもです。

ただ、時には、予言があたったりするのは、もっと大きなところで神が働いているという事でしょう。日々意識していれば、それさえ気づけるようですが、自分自身にそういう気づきを持っていないと、そうかも?くらいなものか、

予言した人々が神様に見えてしまい、すがっていれば助かったりお徳があるるだろう(自分もそうなれるだろう?)とか、神はいるんだな~的な考えで終わり、自分自身という神の力を向上する事がなくなってしまう人々が殆どなのではないでしょうか。

さて、、そういう屁理屈をクリアし、波動や偶然の発生を理解しようとすれば、それは、誰かの思考やメッセージ、体験なりが、国々やそれ以上の何かををまたいでいるという事になります。

無自覚でいることは、知らずのうちに同じようなところに意識を合わせているという話にもなってきます。

善悪あるこの世ですが、それは無限の現れ故、無自覚的なものだと気づいてきたら、無限の本質なのだから、本質すべてが善一筋と現れるように意識しようと思ってくるものです。

悪的な事も善的な事も、その本質は無限の神ですから、その無限の根源から善一筋であるという感じでしょうか。その善一筋は、天国地獄、現世的なマインドを除いた上で、神がすべてを与えてくれている世界、任せきった世界・・・自分がそうなる世界・・・説明不可になってきたので・・・終わり^^;

まだ、なんとなく、言葉として表すには、意識的、意図的にはぼやぼやているのですね~。今、そのような意識に於いてシンクロしています。急いでもならず、急がなければならず・・・じっくり行きましょう。