最近、ある思いに至っています。チャネラーの文章自体が、3次元レベルに落ちているという事についてです。それ以上のイメージを伝えてはきていますが3次元レベルの文章から得たものを、そのまま空想するのですから、SF小説を読んでるのと同じでファンタジーで終わってはファンタジーですよね??
それだったら、SF映画を見ているか小説を読んでいれば良い話になります。でも、現実はどうでしょう?そうなった感じしてますか?であれば幸いです。
探求者としては、それを垣間見る(事実にしていく)には、自身の霊的体験として、ファンタージーと一致させる作業が必要だと思うのです。・・・大体、伝えたいことはわかると思います。
※SF,VFXよろしく突飛な内容のメッセージについては、妄想しがちになるので、イメージの参考程度ということでしょうか。それよりも、その話の流れや内容に共感する部分があるかどうかが重要になってきます。
前回記事に書いたように、自分に生じ感じた(または感じている)あらゆる意識の何処かに共感する箇所、(できれば大きな流れの)テーマを感じれると壮大な世界が存在する事がわかります。確かそんなような事を最近思ったな?とか、夢とか、思いだせなさそうなものかもしれません。それがほじくり返せて紐ついたなら、それを気のせいだとか、あれこれ思ったとしても、そのレベルの意識に集中し、気のせいで終わらせないようにして何度も何度も検証してみると良いかもしれません。
チャネラーに伝わっている情報の翻訳の更に内奥、文字の裏、文章の裏というか、自分で感じていたり考えたりしたイメージや雰囲気、見たもの、意識のありとあらゆる何らかの状態(まとめて情報としましょう)・・・それで、自身の意識的な背景である『自分が感知しているナマの情報がチャネラーによってそのような文章になっているであろう』を感知する事ができるかもしれません。慣れればチャネラー毎の差は、他人のおしゃべりの癖のようなもので何でもない事です。
それだったら、SF映画を見ているか小説を読んでいれば良い話になります。でも、現実はどうでしょう?そうなった感じしてますか?であれば幸いです。
探求者としては、それを垣間見る(事実にしていく)には、自身の霊的体験として、ファンタージーと一致させる作業が必要だと思うのです。・・・大体、伝えたいことはわかると思います。
※SF,VFXよろしく突飛な内容のメッセージについては、妄想しがちになるので、イメージの参考程度ということでしょうか。それよりも、その話の流れや内容に共感する部分があるかどうかが重要になってきます。
前回記事に書いたように、自分に生じ感じた(または感じている)あらゆる意識の何処かに共感する箇所、(できれば大きな流れの)テーマを感じれると壮大な世界が存在する事がわかります。確かそんなような事を最近思ったな?とか、夢とか、思いだせなさそうなものかもしれません。それがほじくり返せて紐ついたなら、それを気のせいだとか、あれこれ思ったとしても、そのレベルの意識に集中し、気のせいで終わらせないようにして何度も何度も検証してみると良いかもしれません。
チャネラーに伝わっている情報の翻訳の更に内奥、文字の裏、文章の裏というか、自分で感じていたり考えたりしたイメージや雰囲気、見たもの、意識のありとあらゆる何らかの状態(まとめて情報としましょう)・・・それで、自身の意識的な背景である『自分が感知しているナマの情報がチャネラーによってそのような文章になっているであろう』を感知する事ができるかもしれません。慣れればチャネラー毎の差は、他人のおしゃべりの癖のようなもので何でもない事です。
個人個人がいつも受けているはずのメッセージをマトモに翻訳できずに、偶然の真理というヒントをシンクロニシティと捉えてその方法で答え合わせをしきた私からすると、彼らの受信能力と、正確に伝えようとする技能や能力は相当に進んでいますので、私の何かを感じとれるようになった事について、どこから来たどの存在のメッセージであるとか、マトモに翻訳できない技能について寂しい物を感じていましたが!
今まで理解してきた事に対して、よくよく考えてみれば、とあるチャネラー(全般的に)や一般的にしている人々は、同じような何かを受けているのは確かでシンクロしているのですが、霊的指導的な立場でやっているチャネラーのメッセージが、私の得た霊的真実からの理解よりも伝わってくる事がイマイチ(理解している事よりもシドロモドロな事を言っているように感じる)なところがあったりします。
実際、チャネラーによって同時期に来る内容が矛盾したりバラバラだったりして混乱するケースがあると思いませんか?あれです。不動の心を得るための訓練にはピッタリだとわかったのですが、そうなるまで、結構、困惑すると思います。
念を押して言うと、当然霊的な体験を通しての解読が必要です。それがなき概念的空想的な理解によってのシドロモドロに感じるケースがあると言っているわけではありません。
それで、あれ?って思ったのです。
これが、メッセージを受ける人の技能であり、熟達度なのではないかと思うのです。熟達するには、現実での色んな経験や、特に熱心な探求者にとっては認識の少ない霊的な真実を通してのイメージの確定が必要でしょうから!
『メッセージの翻訳や受信ができないと思っていてもできることがある』ことに気づきました。
・・・何が言いたいかというと、
その文章イメージの枠を超えてみたらどうでしょう?って事です。これはチャネラーでなくてもできます。体験している私が言うのですから間違いないでしょう。ただし、霊的な真実として得つつ、得たものからでないと意味が無いと思います。
何故って?それは、SFになってしまうから。
結局、私が行き着いている先は、その生き方とうか存在の仕方についてなのですが、それは非常に簡単な言葉一つ二つで実際に言葉として現実に存在するのですが、言葉一つで説明するにしても霊的な真実が必要になってくるんですね。
霊的な真実を得つづけるために大事な事は、それは霊的な事に関する意識の壁の突破だと思うんです。私はここ数年、何をやってきていたのかと思い返すと、知らずの内にずっと、それをやっていたのだと思うんです。
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※個人的な話ですが、霊的な事を考える事に関して理屈っぽい自分を感じていたのですが、真実を通しつつ理解を組み立てながら想像を膨らませながらやっているだけですので、それは理屈やじゃなかったんですね。今更ながら、言葉って難しいと思いましたw
なぜそなるかというと、霊的な探求に集中し始めて、神の反応しないエゴ的な部分と自分の思考がごっちゃになり、わけがわからなくなるでしょう。あれこれ考えてしまうので自分が理屈屋に感じていたようです。何というか、自分でありながら自分って何だ?って事になってくるのですから、理屈(エゴ)とそうでない部分を確認しながら進むって感じでしょうか。
今思えば簡単な話です。神々は個人的なエゴについては話題にしないからでしょうwなんと単純なことだと。。
それでも、それがステップアップや理解の役に立つと見ているときは、それに反応してくれます。そいうところから、チャネラーを通してでも会話を成り立たたせてくれているのがわかってきます。これを認めるまでになれば神々や天使はいつも我々にメッセージを送り続けてきたのかと思うと;_;ですよ。これホントに。何千年?少なくとも何十年・・・毎日延々と。気づかないから無視してたかどうかは・・・彼ら(神)のみぞ知る(笑)
今のレベルは挨拶程度のものかもしれませんが、私にとってはとっくに、沢山の未知の?!存在との通信、ファーストコンタクトは終わってるわけです!正直、物理的にやってきて手品を見せてもらうよりも、ジワジワ感というか・・・私達の能力の一部というか何か超越したものを教えてくれているというか見せつけられているようなものでして・・・これって、実は、すごくない?って、今更、何となく思ったのでした(笑)
これ、もっと驚くところなのかもなのに、じっくり過ぎたのか、当たり前になってしまって、あんまり驚けない不思議があります(笑)
この状態、神懸りと言っても、自分にさえわからない自分(神に通じる部分)を探知している様ですから、自分というものが中心であることには変わりなく、二重人格や別人のようになって自分が何処かへ行ってしまうわけではありませんよ。自分の中に分離を感じるので注意は必要ですが。自分がなくなるわけではありませんから、それで別に変な事も起きませんし。至って普通そのものです。それがイマイチ実感を得られない理由になるですけどね。
これは、ひふみ神示では、自分で自分がわからなくなる病気と言っているものに当たるのではないかと思います。
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チャネリングできない(今では彼らのようにはですけど。)だけに、メッセージについて盲信もしませんし、ひふみ神示という柱があるので、それを中心にやっていれば、繋がりという事実を感じながらも、簡単には、その話はそうだねという事にならない強みを生かせます。なので、神懸り的な事には、メリット・デメリットがあるってことに気づいたのです。
今、柱にしているもの、それでさえ、理解し超えていくところに、もっと無限なるものを見いだせそうな気がしています。とはいえ、知れば知るほど、味が深すぎて、人間レベルで超えられることなんてあるんだろうかって思ってしまいますが(笑)
それでなのか知りませんが、ひふみ神示の理解は、死んでからでも続けて良いぞとありますけどね^^;実際、神々さまやマスター様のお言葉が、メッセンジャーに100%直に伝わっているとしたら、どんだけ天は混乱してるんだ?って話にもなります。しかし、協力しあわなければならないのも事実のようです。
ここで一つ、彼ら存在のあり方や意図、存在を確認し理解を進め保てるならば天使であり神です。霊的に見いだせずに理解できなければペテン師か悪魔です。中途半端な理解や正義感、現実感等で調子に乗ってしまえば神や天使の名を語る人間的悪魔(実行者)の誕生でしょう。
歴史が証明していますよね。これを頭に入れておくと、霊的な真実より喜び生きている人かどうかや、霊的・宗教的指導者のアレコレを見分ける方法になると思います。
死んだら悟りやすいという話も書かかれていますが、既に天の存在が混乱していうということは?!って・・・死んでても生きてても、混乱しないように心棒になるものがあったほうが良さそうなものです。
意識や理解を霊的な観点から突破するタイミング毎に、テーマが変わってくるというか、変化を感じるので、まあ、突破したのですからそりゃそうだって話もありますのが、変化が先なのか、突破しているのが先なのかは、知りません。これを感じだすと、自身や全体的に我(我々)
は創造主である?!を感じだすと思います。
日々世界中でどこかしこで誰かや何か、千変万化でそれが起きてるでしょうから、おそらく両方なのでしょう。そして私という意味ではそれはないし、世界(全次元)同時的な化学反応のようなものだと思える理由がこれなのです。だからこの波はもう止まらないでしょう。良かったですね!
さて、日々、杞憂ではないか?と思えたり、疑問符の付くメッセージが伝わってきていますが、本当にメッセンジャーが受けきれているのでしょうか?
しかし、それは問題では無いのです。何に確信を置き、そのメッセージを読むか捉えるかという点にすぎませんから。そして、それがどうであれ、偽物であっても、認識力と確信力を強化する必要の有りそうな段階の我々にはありがたいのにはまちがいありません。
今、柱にしているもの、それでさえ、理解し超えていくところに、もっと無限なるものを見いだせそうな気がしています。とはいえ、知れば知るほど、味が深すぎて、人間レベルで超えられることなんてあるんだろうかって思ってしまいますが(笑)
それでなのか知りませんが、ひふみ神示の理解は、死んでからでも続けて良いぞとありますけどね^^;実際、神々さまやマスター様のお言葉が、メッセンジャーに100%直に伝わっているとしたら、どんだけ天は混乱してるんだ?って話にもなります。しかし、協力しあわなければならないのも事実のようです。
ここで一つ、彼ら存在のあり方や意図、存在を確認し理解を進め保てるならば天使であり神です。霊的に見いだせずに理解できなければペテン師か悪魔です。中途半端な理解や正義感、現実感等で調子に乗ってしまえば神や天使の名を語る人間的悪魔(実行者)の誕生でしょう。
歴史が証明していますよね。これを頭に入れておくと、霊的な真実より喜び生きている人かどうかや、霊的・宗教的指導者のアレコレを見分ける方法になると思います。
死んだら悟りやすいという話も書かかれていますが、既に天の存在が混乱していうということは?!って・・・死んでても生きてても、混乱しないように心棒になるものがあったほうが良さそうなものです。
意識や理解を霊的な観点から突破するタイミング毎に、テーマが変わってくるというか、変化を感じるので、まあ、突破したのですからそりゃそうだって話もありますのが、変化が先なのか、突破しているのが先なのかは、知りません。これを感じだすと、自身や全体的に我(我々)
は創造主である?!を感じだすと思います。
日々世界中でどこかしこで誰かや何か、千変万化でそれが起きてるでしょうから、おそらく両方なのでしょう。そして私という意味ではそれはないし、世界(全次元)同時的な化学反応のようなものだと思える理由がこれなのです。だからこの波はもう止まらないでしょう。良かったですね!
さて、日々、杞憂ではないか?と思えたり、疑問符の付くメッセージが伝わってきていますが、本当にメッセンジャーが受けきれているのでしょうか?
しかし、それは問題では無いのです。何に確信を置き、そのメッセージを読むか捉えるかという点にすぎませんから。そして、それがどうであれ、偽物であっても、認識力と確信力を強化する必要の有りそうな段階の我々にはありがたいのにはまちがいありません。
『全てに感謝し、霊的な真実を得つつ喜びつつ』、得つつある理解から更にその理解、時空の概念を超える(認識の限界を超える)霊的経験を得るという、霊的観点からの発想が意識の確立、拡張、可能性についての確信を促すのではないだろうか?という話をしたかっただけです。伝わりましたか?
これは、チャネリングできないで悲しんでいる人ばかりに伝えたいものでなく、チャネラーにさえ伝えたい程の話です。この意味分かりますか?