第三帖

 皆の者 御苦労ぞ、「世界の民の会」つくれよ、人民 拝み合ふのざぞ。皆にまつろへと申してあろがな。まどひつくれつくれ、皆おろがみ合ふのざぞ、まどひのしるしは   ぞ、おろがみ合ふだけの集団(まどゐ)でよいぞ。理屈 悪ぢゃ、こんな事云はんでも判っておろが、神示読めよ読めよ。十月八日、ひつくの神しるす。

※お互い尊重しながらやりなさいと。


第五帖

 ニニギの命(みこと)お出ましぞ、ニニギとは二二(ふじ)のキの御役であるぞ。神がかりて世界中のこと何でも判る様に思ふてゐると、とんでもないことになるぞ、このままにしてほっておくと戦済んだでもなく、とどめもさせん、世界中の大難となるから早う改心結構ぞ。悪の上の守護神、中の守護神、下の守護神の改心出来ん者はいくら可愛い子ぢゃとて、ようしゃは出来んぞ、愈々天の大神様の御命令通りに神々様 総掛かりぞ。十一月十六日、ひつ九の神。

※かみかかっても、自ら真理を解かなければ、意味がないということじゃないかと。

第六帖

 雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、百々八百万の神々様 御活動激しくなったぞ、人民 目開けておれん事になるぞ、出来るだけおだやかに致したいなれど、判りた臣民 日々おわびお祈り結構致し呉れよ、大峠となりてからではいくら改心致しますと申しても、許してくれと申しても、許すことは出来んから、日本には日本の守護の神、支那には支那、外国には、外国のそれぞれの守護の神あること忘れるなよ。神々様 持場々々清めて呉れよ。御役結構ぞ。十一月十六日、ひつ九の神。

※一人一人の祈りがそれぞれの国の守護になる。集合意識の事を言っているのかもしれない。

第十帖

 悪い事は陰口せずに親切に気付け合って仲良う結構ぞ、陰口 世をけがし、己けがすのざぞ、聞かん人民は時待ちて気付けくれよ、縁ある人民 皆親兄弟ざぞ、慢心取違ひ疑ひと、我(が)が此の道の大き邪魔となるぞ、くどい様なれど繰り返し繰り返し気付けおくぞ。時来たら説き出すものぢゃ、親の心察して子から進んでするものぢゃ、その心よきに幸(さき)はふぞ、もの聞くもよいが、聞かんでは、判らん様では幽国(がいこく)身魂ぞ、神の臣民 親の心うつして云はれん先にするものぢゃぞ。世は神界から乱れたのであるぞ、人間界から世建直して、地(くに)の岩戸 人間が開いて見せると云ふ程の気魄なくてならんのざぞ、その気魄 幸(さき)はふのざぞ、岩戸開けるぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。

※海のゴミ・・・なくならないが・・・これとて、自分も含め皆が楽しく便利に暮らしたいと思った故に出来た残りカスだと思えば、昔は、ただ、理屈と常識くらいの考えだったのであるが、今ではそういえるが、まだ気づかぬ人に対して怒りも消え、少し優しくなれる気がした。

第十一帖

 日本の上に立つ者に外国の教伝へて外国魂に致したのは今に始まった事ではないぞ、外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ、五度ざぞ、判りたか。それを元に戻すのであるから今度の御用中々であるぞ、中つ枝からの神々様には判らん事ざぞと申してあることもガッテン出来るであろがな。この神示肚に入れて居ればどんなことあっても先に知らしてあるから心配ないのざ、ソレ出たとすぐ判るから胴すわってゐるから何事も結構におかげ頂くのざ。死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ、嬉し嬉しざぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。

死ぬ時は死んだがよく:そら、どうもーーー!!w

第十六帖

 神代になりたら天地近うなるぞ、天も地も一つになるのざぞ、今の人民には分るまいなれど、神も人も一つ、上も下も一つとなって自づから区別出来て一列一平上下出来るのぢゃ。この世はほって置いても自然にどうにか動いて行くものざと上に立つ守護神逃げて居るが、そんな事で祭事(まつりごと)出来ると思ふてか、自然には動かんのぞ、その奥の奥の奥の 々々 々々 々々 々々 のキのイキから動いてゐること判るまい、人民の思ふてゐることは天地の違ひざぞ、  の中に又  がありその  に  があり 々々 々々 々々 々々 々々 限り無いのざぞ。人民の研究もよいなれど研究は神ぞ、道にひたすら仕へまつれよ、おろがめよ、研究では誠のことは分らんのぢゃ、我折りて判らんことは神の申すこと聞くのぢゃ、分らんでも聞いて下されよ、悪い様には致さんぞ。まつりまつりとくどう申してあらう、我捨てておろがめば神のキ通じて何でも分って来るのぢゃぞ。十一月十八日、ひつ九の   。

※次元とハイアラーキーの話だと。そして、書いてあるように・・・今の人民には分るまいなれど、神も人も一つ、上も下も一つとなって自づから区別出来て一列一平上下出来るのぢゃ。・・・こうなれればよいのである。

第二十一帖

 身欲信心スコタン許り、天津日嗣の御位は幾千代かけて変らんぞ、日の大神様、月の大神様、地(くに)の大神様、御血統(おんちすじ)弥栄々々ぞ。日本の人民アフンとするぞ、皆それぞれのゆかりの集団(まどゐ)に入れよ、神示ひふみとなるぞ、天明は画家となれ、絵描いて皆にやれよ、弥栄となるぞ、やさかいやさか。今度はキリスト教も仏教も何も彼も生かさなならんのぞ。早くから此の方の元へ来て居ても因縁あっても肝腎が判らんと後戻りばかりぢゃ、肝腎々々ぢゃ、学もよいが、それはそれの様なものぢゃぞ、途中からの神は途中からの神、途中からの教は途中からの教、今度の御用は元のキの道ざぞ、世の元からの神でないと判らんぞ、出来はせんぞ、生れ赤児の心とは、途中からの心、教、すっかり捨てて了へと云ふ事ざぞ。十二月十四日、ひつ九のかみ。

※いろんな教えは捨てろということで、一致している。

第二十二帖

 まだまだどえらい事出て来て日本の国は愈々つぶれたと云ふ処へなって来るから、皆が誠の神魂になって来んと誠の神は出ないのざぞ、誠ある処へ誠の神働くと申してあろが、誠ない処へ働く神は悪神ぢゃぞ、よう気付けてくれよ。いくら時節来たとて人民に誠ないと気の毒ばかりぢゃ、気の毒 此の方嫌ひぢゃ。道は神にも曲げられん、竜神は悪神ぢゃと云ふ時来るぞ、心せよ。誠ない者 今に此の方拝む事出来んことになるぞ、此の方に近よれんのは悪の守護神殿。愈々天の御先祖様と地の御先祖様と御一体に成りなされ、王の王の神で末代治める基(もとい)つくるぞ、少しでもまじりけあってはならんのぢゃ、早う洗濯掃除結構ぞ。御用いくらでもあるぞ、お蔭取り徳ぢゃ。出来るだけ大き器持ちて御座れよ、皆々欲がチビイぞ、欲が小さいなあ。話すことは放すことじゃ、放すとつかめるぞ。十二月十四日、一二   。

※龍神様が神ということか?それとも、例の悪い者に思えば、そうなるというあれか?

第二十五帖

 神のそばに引き寄せても、実地に見せても、我が強いから中々に改心致さん臣民ばかり、少しは神の心察して見るがよいぞ。気の毒出来るから、少しは神の身にもなってみるものぢゃ、此の儘では気の毒なことになるから、早う守護神、節分迄に早う祀りくれよ、何事もキリキリキリと云ふ事あるぞ。世治めるは 九(こ)の花咲耶姫様なり。十二月十四日、一二  。

※世を治めるのは、九(こ)の花咲耶姫様なり。