高宮信一のシネマに乾杯

高宮信一のシネマに乾杯

あの映画、あの場面、学校の勉強は忘れても、スターの名前は忘れない。


高宮信一のシネマに乾杯





映画で笑って、映画に夢みて癒されて、いつの間にかジイさんになりました。わが青春のスターたちもすでに大方は天国へ、しかしながらスクリーンの中では今も渋く、美しく、カッコよく輝いているのであります。そんなシネマの話をだべり書きしながら一杯飲めれば、今夜も最高なのであります。






















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高宮信一のシネマに乾杯
 青春映画やね。2人の医学生がおんぼろバイクー台に乗って南米を旅する物語。 

 2人の内の1人は知る人ぞ知る、チェ・ゲバラである。「モーターサイクルダイアリーズ」はゲバラの青春の旅日記を映画化したもの。

 23歳のゲバラが29歳のアルベルトと共にアルゼンチンを出発。チリに入って南米大陸を北上、「行くところまで行こう」という、ほとんど文無しの旅。たかりの生活、陽気なラテンのリズム、失恋。

2人の往く手に見えてくるものは南米の大地に生きる人々の現実。

 旅と出会いの中で大きく成長する若者の物語である。

 制作、総指揮はロバート・レッドフォード。アメリカのキューバへの経済制裁がいまも続くなかでこの映画を送り出したレッドフォードはただ者では無い。〈2003年作品〉


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 旅先の北海道で56歳の命を閉じたフォークシンガー高田渡。彼のライブを中心に日常の生活をかいま見せる、いわば個人の記録なんだけれど、高田渡の枯れた生き方がスクリーンから伝わってきて魅了される映画だった。

この映画を見るきっかけは偶然本屋で見つけた自伝的エッセイ「バーボン・ストリート・ブルース」の文庫版。

中学を出て印刷所で働も肌があわずフォークの世界へ。高石ともや、岡林信康らとともに京都を中心に活動の日々。「自衛隊へ入ろう」のヒット、そして曲づくりと旅公演の面白話、まるでフォーク界の寅さんの感じ。

映画では焼き鳥屋の店先で一杯やりながら「飲んでるときは、おまけだ!」 というセリフに共感しましたねえ。



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一日中ラジオを聞きながら仕事をしていたので、映画「ラジオの時間」は、その題名からして見たい作品であった。そうして初めて三谷幸喜という監督を知った映画だった。

一人の主婦が応募したラジオドラマの脚本が採用されて、生で放送されるというところからはじまり、わがままな声優、スポンサーの横槍に気を使うプロデューサー、書いた原稿が無茶苦茶に書き直されオロオロする主婦など、登場人物一人ひとりがマンガのように誇張され、早いテンポで物語りが進んで行く。

出演の細川俊之、戸田恵子、井上順、など小気味よく笑わせてくれる。

三谷幸喜、スゴイ。フアンになって最新作「ザ・マジックアワー」まで見つづけている。


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1951年に封切られた「月世界征服」は子どもにとってはちょっとした事件だった。それは人間が初めて月世界に到着する過程を描いたもので、空気と重力の無い宇宙空間、ひびわれた月の地面、月から見た地球、帰りの飛行に立ちはだかる月の引力など、子供たちをワクワクさせるに十分な内容だった。

映画は千日前のオリオン座で上映された。友だちと2人で映画館の前までいったが、お金がたりなかった。「堺から見に来たけれど、帰りの電車賃もいるので」とか何とかウソをついて中にいれてもらった記憶がある。子どもの頃から正直では無かった。

その後「月世界征服」の一場面がTV映画「タイムトンネル」に使われていて、大人の目で見た特撮のチャチさにガックリしたことがある。



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 初めて「燃えよドラゴン」を見た時は、素早い身の動きとヌンチャクさばきにあ然!

すっかりブルース・リーの虜になり、ええ大人も「アチョー!」とふざけ合ったものだ。まさに生身の体を鍛え上げての演技であった。この流れはジャッキー・チエンに引き継がれ香港映画をメジャーの世界に押し上げた。

ところがコンピュータ、グラフィックが映像の世界に入りだすと、80歳のおじいちゃんでもスクリーン上ではブルース・リーの動きが出来るようになり、キアヌー・リーブスなんぞは銃弾でも体を反らせ、かわせるようになってしまった。

こうなると、だれがどんなに超人的な動きをしても「どうせコンピュータやんか」ということになる。鍛えられた体と演技の出る場が無くなってしまった。コンピュータ、グラフィックが出来て得たものは大きいが、失ったものもまた大きい。