スーパーモデルが拒食症で亡くなったニュースを見た。
・・・人間の美しさっていうのはいったいなんなんだろう・・・?
これは、あくまでも、私の、信念だけど・・・
・・・高校生のとき、人生初めての大失恋をして、何年も忘れられず、拒食症の一歩手前の様になった。
私の恋敵は、背が高くて細くてとっても可愛かった。
きっと私が綺麗じゃないからいけないんだ、もっと痩せたらなんとかなるんじゃないか・・・。
そう思って、極端なダイエットをした。
努力の甲斐あって、だいぶ痩せた。
・・・でも、その時の自分の姿は、私のなりたい姿ではなかった。そりゃそうだ。骨格も身長も違うんだから。
周りは「細いね、可愛くなったね」と言ってくれたけど、私はちっとも幸せではなかった。自分が好きではなかった。
おまけに炭水化物を極端に抜いたため、思考回路が全然働かなくなり、本を読んでも全然頭に入らず、最初の2~3行から全然先に進めないような状態になった。
頭の中は痩せることでいっぱいになり、痩せることが目的の生活になり、体はいつもだるく、もっと痩せなければという強迫観念にかられて心から笑うことなど無く、当然、その恋愛も上手くいくことなく、家族は心配するわ、家の中はピリピリするわ・・・。
今思えば、「痩せる」ということにこだわって、大切な沢山の時間を無駄にした、ほんとうに勿体無いことをした、と、残念に思っている。
でも、その時、心から悟ったのは、人間の美しさは、痩せているかどうか、顔の創りが整っているかどうか、さらにイケてる衣装を着ているかどうかではないのだ、ということだった。
自分の夢や生きがいを見つけ、それに向かって活き活きと一生懸命生きる姿が美しいのだ。
心から笑うその姿が美しいのだ。
美味しい物を食べたら、「美味しい!幸せ!」と思えばいいのだ。
いくら痩せても、ムリをしていたり、不健康だったり、活き活きと生きていなければ、それは美しいとはいえない。痩せているかどうか、顔の創りが整っているかどうか、さらにイケてる衣装を着ているかどうかはその次の「おまけ」でいいのだ。
それがわからない人にはわかって頂かなくて結構。という程に思っている。
私は、あの時の彼が好きと思う女性ではなかったけれど、それは私がダメだからということではないのだ。
あの彼の(他の誰かの)、美しい基準には達していなくても、私には(誰にでも)私のいい所、美しい所がある。
多少ぽっちゃり(いやむっちり?)してても、今の自分の方が何倍も好きだ。世間のどんな人にいいと言われても、自分が納得できなければ意味が無い。
ヴォーカルをやっていると、痩せた方がいいんじゃない?とか、綺麗にしなさいとかよく言われる。
勿論、人前で歌を聞いて貰うのだから、正装したり、こ綺麗にするように気をつけてはいるし、自分でも、ちょっとこれは最近急激に太りすぎだな?と思ったので夜の炭水化物は抜いて、野菜を沢山食べて、7キロ程落としはしたけれど、それは全く健康のために余力の範囲内でやった。
私はもう二度と、特に太りすぎて体調を害するからとかの理由意外に、痩せるということに、私の大切な時間や、エネルギーや、健康や、頭の中を占領させるつもりはない・・・。