死別シングルマザー 2足のわらじを履く⁉

死別シングルマザー 2足のわらじを履く⁉

1990年3月、帰宅途中の事故にあい、主人は帰らぬ人になりました。
乳飲み子を抱え、右往左往していた私が、今は幸齢者様と共に過ごす日々を送っています(^^♪
日常的に人生に向き合う日々は、面白くもあり、大変でもあるのです(^-^;

子供の頃は、お母さんが大好きで、姿が見えないと不安になって泣いたりすることも、きっとあったはず。

 

大人になればなるほど、色んな事を経験して、しがらみも出て来たりして、そして素直に表現できなくなる事もあせる

だけど、大好きなことは、心の奥の方には持ち続けているはず。

 

親が高齢になればなるほど、自分の家族の生活が一番、になるし、

少なくとも、子供の不幸を願う親なんて、いないはず。

 

介護が必要になった時に、「こんなに小さかったっけ!?」と改めて思うことがあり、

コロナ罹患はなかったものの、なかなか会えない状況が続いてきた中で、最期の時が近づいてきたとしたら

「大好き」を伝えられる時間は、もう数えるほどしか残っていないのです。

 

私自身、今年の夏に4年ぶりの実家、施設入所の母に会いに行ったのに、玄関の扉越しでさえ会えず、

あと何回、会えるのだろう、と心にモヤモヤを抱えることになりました。

 

出来るなら、まだお互いがお互いを認識することができるうちに、

「大好き」を伝える時間を作って欲しい、と思うのですおねがい

 

後悔を、ずっと持ち続けるのは、生き続ける自分なのだから。