2022年8月28日。

私は現在35歳の独身、都内在住の看護師さん。


看護師になったのも2年前で、それまでは芸能事務所で働いてみたり主婦の様な事したり、派遣やったり適当にふらふら生きてきました。


看護師を目指した理由も、生粋の看護師さんにぶん殴られそうだけど、名刺代わりというか30歳過ぎたし資格でも取っておくかーって学校行ってとりました。


30過ぎて学校行ったってだけで、大抵こんな質問されます。


「どうして看護師目指そうと思ったの?」と。


で、嘘をつきます笑。


「やり甲斐が欲しくて。」とか。


実際は人生のセーフティーネットを張りたかっただけで、健康とか人体に興味あったから看護師にしたのです。


結果的に看護学生生活は超刺激的で、普通の学校では築けないような友だちとの絆を築くことができました。軍隊に入れられて、家族みたいになっていく感覚と近いような。

映画ローンサバイバーのネイビーシールズのような笑


これは人生の中では貴重な時間であり財産です。


さて、結婚できないのは親のせい。


35歳になると周りは大抵結婚して子どもなんかも大きい子なんか小学生だったり。


なぜか昔から、自分には結婚とか家庭を持つとか全然想像できなくて、「みんな凄いなあ」と思ってるだけでした。いつか年取ったら勝手に結婚するもんなんだろうなと。


でも、何年か前に結婚前提に付き合って下さいと言われ四年間主婦業してた事があります。


私は、その人がお金ありそうだし、自分に惚れてくれてるしって事でかなり年上だったけどその話に乗りました。


その時に自分のファザコンな部分に気づいたのです。


私の両親は商売をやっていたので、小さい頃から鍵っ子で甘えた記憶がありませんでした。


母は機嫌が悪いと、皿を食器洗い場に投げつけて割りまくるモンスターで、とにかく感情の起伏が激しく甘えられなかったのです。


父は優しい人だけどあまり言葉を発するタイプではなく感情の起伏が激しい母に捕まって可哀想ってずっと思ってました。


兄と私が何か悪いことをすると、傘を足の間に挟まされ何時間も正座させられたり、兄はバットでお尻を叩かれたりしていました。


今でも映像として残っているから、小さい頃の私にはショッキングな絵だったのかなと思います。


そう、ファザコンな部分に気づいたのは、

「自分のしたい事ををなんでも、ニコニコさせてくれる甘えさせてくれる人」

つまり、親みたいな存在を欲してた事に気付いたのです。私はやっと親を見つけたんだけど、あちらは女性を求めてたので当然うまく行かなくなりました。


そして、ある日言ってはいけない事をポロッと言ってしまいました。

「お金ないなら、家に帰ってこないでよ」と。

これは母親の口癖でした。

その言葉をきっかけに、彼は外に飲み行く事が多くなり、そのうち浮気をして、更には妊娠までしてきて、その女性と結婚、出産。四年間の主婦業に終止符を打つことになったのです。

最後に言われた事は「いつも味方してくれなかった」でした。


知らないうちに、嫌いだったはずの母親に自分が似てきていることに気づいた時怖くなりました。

育ちって、環境って大事だなあと我ながら痛感。


自分に超惚れてたと思ってた人から手のひらを返され、捨てられて、後頭部を金属バットでフルスイングされた気分でした。


でもフルスイグされたから、価値観がぐわーんと変わって以前より人に優しくなったと思います。


家族ってどんな間違ってても味方してくれて、金がなくてもあっても「おかえり」って両手広げて待っててくれて、、自分の中で家族像が出来てきたのがこの頃です。28歳。


このエピソードから

①鍵っ子にしちゃダメ

②親の感情の起伏が激しいのはダメ

③家族なら間違ってても味方しなきゃダメ


今日はこの辺で。