書こう!って思ってすぐテンション下がる

まぁもうちょっと思慮深くしてから

アドラー読んでます

書きたい事とは関係ないんだけど思ったことを

Facebookに書いちゃうと波風たつし

今回の選挙三宅洋平さんに注目してました

良い社会を作りたい思いってのは間違いないと思ったのですが、選挙というか演説に関して腑に落ちないところが

これは街頭演説してた全員に言えることなんだけど

大きな声で、自分が正しいと思うことを訴え、それに対して聴衆が大きくリアクションする

仕方ない、当たり前のことかもしれないけど、そのリアクションによって演説者の気分が高揚してしまう

熱を持ってしまう

そして、熱を持つと言うことは冷静ではないという事

打倒!とか、絶対阻止!とかわかりやすいけど危険なんだ


今回、三宅さんの演説が盛り上がったのは悪いことではないのだけど

音楽は気分を高揚させる

もし伝えたいのなら、ステージに居る本人は感動してはいけない

その場や、自分の言葉に酔ってしまう

気持ちよさがでてしまう

テレビやYouTubeで見る限り、ほとんどの候補者がそうだったように思う

大きな舞台だろうが小さな車の上だろうが、場の熱を制し、自分の言葉に酔わず伝える事は不可能なのだろうか

山本太郎氏の応援で窪塚洋介さんが立っていた

かっこいいだと思うし、今の卍ラインの活動も素晴らしいと思う

あの窪塚洋介が応援してんなら間違いないんじゃない?ってYouTubeで見て思ってしまう

でもそれは政策や訴えていることを理解し、肯定しようってことではない

そこがどーしても熱があれば一緒になってしまうんだ

これは三宅さんだけじゃない 、立候補者の腕を取りこの候補者は素晴らしい!と声高らかに話す有名政治家の応援遊説も一緒

政治家に感動はいらない

その上で見極める目が自分が持てるかどうかが問題なんだ

自分がどんな目を持てるか

それを決めるのは生き方を考えていくことと一緒

もっともっと考えていこうと思う