東北のおいしいモノ♪
昨日の『もしもツアーズ』を見た方、松島のグルメをやってましたね![]()
一個前の記事でご紹介した、
「松島さかな市場」や、
ずんだソフトクリームの「伊達かふぇ」さん![]()
紹介されてましたッ![]()
「伊達かふぇ」さんのレジ横に、
もしツアのサイン色紙があったんですよ~![]()
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こんな最近の色紙だとは思わなかったわぁ![]()
では、今回のボランティア活動を通じて出会った、
東北のおいしいモノ達をご紹介~![]()
福島県安達太良サービスエリアで売ってた、
これも安達太良サービスエリアの、
桃は福島県の名産なのですね、初めて知った~![]()
桃のフィリングがタップリで、上のクッキー生地も桃の味で、おいしかったですよ![]()
宮城と言えばバサラ土産ッ![]()
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3つの味の大福、もちろん全て伊達政宗ッ(≧▽≦)
言わずと知れた、「萩の月」![]()
ゴールデンウイークは1日の生産個数が限られていたけど、
もう充分追い付いているのカナ?
ほんの一部ですが、東北のおいしいモノ達をご紹介しました~![]()
日本三景・松島にも寄りました
出会い橋
今回のボランティア活動の最終日である7/23(土)、
1時間半くらいの滞在でしたが、松島へ寄ることが出来ました![]()
「復興を目指す観光地でお金を使う」というのが目的です![]()
ゴールデンウィークに来た時は、
福浦橋(出会い橋)は修復工事中で、渡ることが出来ませんでした![]()
それが、ホラ
向こうの島まで渡りましたよ~![]()
震災当時は、一階部分は津波でやられ、
気仙沼市にある本社が壊滅し、店をたたもうかと思ったそうです![]()
それが、震災から4ヶ月ぶりに営業再開にこぎつけたそうで、
もう、普通にキレイな売り場ですッ
(≧▽≦)
この市場の近くにある、喫茶店![]()
ここも、一階部分は津波が押し寄せ、その時の写真を見ました![]()
”ずんだソフトクリーム”~ッ![]()
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豆の風味がして、おいしかったですよ~ッ![]()
そして感動したのが、
松島への最寄り駅『松島海岸駅』の開通![]()
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バス車窓から、駅のホームに電車が到着しているのを見かけて、
「うわぁー、松島まで復旧したんだぁー(´▽`)」
と、何とも言えない感動がありました![]()
ゴールデンウィークの時点では仙台駅⇒東塩釜駅までの運行で、
そこからは代行バスでここまで来たので![]()
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さかな市場や喫茶店の従業員の方々、
私達が出発する際、ずーッとバスに向かって手を振ってくれて。。![]()
お客さんが来てくれなければ復興はありえないし、
本当に、嬉しいんだと思う![]()
ありがとう、松島の方々(≧▽≦)
また、絶対来るからね![]()
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牡鹿半島でのカキ殻仕分け作業
今日のNHK総合21:00~『ニュースウオッチ9』を見た方、いらっしゃいますか?
メインキャスターの大越健介さんが、昨日被災地を訪ねた様子を放送していました。
そこに登場していた漁師の三浦政浩さん、
私が支援に行った先の依頼者さんだったんですよ![]()
写真は、カキ殻の山![]()
三浦さんから、作業内容の説明を受けます。
この地域では”ホヤ”を養殖しており、
ホヤを育てるには、このカキ殻にホヤのタネ?を付け、海中に沈める作業を、
今年の12月頃までに完了させる必要があるのだそうです。
使えるカキ殻をヒモで何個もつなげた物を作る為に、
まずは「使えるカキ殻」と「使えないカキ殻」に分けます。
その仕分け作業を、私達で請け負うことになりました![]()
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一人2個カゴを持って、使えるモノと使えないモノに仕分けて行きます。
写真を見ての通り、この量です、
果てしない作業が続きます![]()
ひたすら作業してると、
ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・・
という音がしてきました。
重機の音かな?と思っていたら、地面が、草木が、揺れ始めました![]()
「地震だッ(((゜д゜;)))![]()
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」
みんな手を止めて、カキ殻の山にしゃがみます![]()
しばらくして、揺れはおさまりました。
あの音、地鳴りだったんだ。。あんな町中に響くような音、初めて聞きました。
クモやだんごムシが大量発生している、カキ殻の山![]()
私は虫が相当ダメな方ですが、フシギなもんです。
”やらなければ”という使命感が勝ってるので、気になりません。
カキ殻の上に座るのだってヘッチャラ![]()
そんなこんなで、コツコツと午前中~午後にかけて作業し、活動は終了。
あまりに途方もない量の為、まだまだカキ殻は残っていますが、
割と進んだと思います![]()
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実は、このカキ殻の本当の持ち主であるご夫婦は、
今も行方不明のままだそうです。
その意思を継いで、地元漁師の三浦さんが管理されています。
この地域は、真ん前の海が震源地の近くという場所に当たり、
震災当日は津波が襲ってくるのも早く、逃げ遅れた方が多数いらっしゃったそうです。
三浦さんは船で沖へ出て、
20mはあろうかという津波を乗り越え、助かったとのこと。
三浦さんの後ろの方で遅れて出発した船は、
その波が砕け、のまれて、助からなかったそうです。
今年の12月頃、ホヤの養殖が軌道に乗ってるといいなぁ。
またTVで、再開した漁の様子を見たいです、三浦さん![]()
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