当時甚大な被害を出し、後に世界中の人達が平和を胸に誓うきっかけとなった戦争。
日本の大きな関与といえば、「太平洋戦争」で、別名が「大東亜戦争」。

そもそも、同じ戦争に対して何故異なる表現があるのでしょうか?
それは、名を付けた人が単に異なるから、というのではなく、どうも当事者同士で思いが異なっていたからのようです。

当時、戦勝国となった連合国側は日本を「軍事帝国の侵略」と表現し、敗戦国となった日本は「自衛行為」と主張。

明らかにお互いの主張が異なります。というか、180度逆。
一体どうしてここまで逆の主張になるのでしょうか?

また、ここ数年険悪ムード全開の隣国との外交。
領土問題や従軍慰安婦問題など、全く持ってお互いの主張が噛み合っておりません。
これまたどうしてここまで逆の主張になるのでしょうか?
(まぁ、隣国関係はちょっと極端だと思いますけど、、、相手方が、、、個人的意見ですが)

これらの歴史は過去に起こったものなので、事実というものが必ずどこかにあります。
ここで言う事実とは、主観に基づいたものもあれば、客観的に導き出されたものもあります。

ではこの「事実」を確実に押さえれば、これらの主張の食い違いなどは必ず解決できるのでしょうか?

これらの問題は当事者同士、つまり人間が持った認識の違いから発生した感情的対立によって来るものが多く、ここに客観的事実を徹底的に出しつくしたところでお互いの感情的対立が完全に収まるとは言い切れない、と私は考えています。

人間は、感情を持った生き物です。機械ではありません。
客観的事実・正論を突きつければそれ自体決して曲げることは出来ませんが、それにより失ってしまうものも有り得るでしょう。

それよりも、如何に心に触れる・触れようと努力をし続けることが、問題解決の為の一番の方法なのではないかということを、歴史を少し掘り下げてみるようになってより強く認識しています。

私は未熟な一人間です。
未熟な人間であるからこそ、そのような人間でありたい、そしてあり続けたい。
これが、何に対する「平和」を望む為にも必要となる具体的行動だと考えています。
ですので、同様にそのような人が増えてくれることも願っています。
世界が大きな過ちを繰り返さない為にも。