慣れない事をやっている時、詰まってしまって中々先に進めず困っている時など、人は
誰かに助けを求めたくなるシーンが、状況の深刻度問わず多々あります。
子供の場合、依存という中であれこれ経験し成長していくので積極的にそうであっても構わないかもしない。ただ、それが大人となると話は別、特に「自立」という観点からすると恥ずかしくてなかなか助けを求めにくくなったりすることも。(厳しい人もいますからね、そんなの自分でやれって突き放す人も中にはいますし)
さて、ではどうすれば「自立」できるのでしょうか。
まずは意味を改めて調べてみると、
「他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。」
本当にそうなんでしょうか?
アノ言葉を借りている訳ではないですが、「人という字はですねぇ、、、」つまり、お互いが支え合って出来ています。ヒューマンネットワークってやつです。
お互いが助けあい社会の向上と発展に努める、これが我々人類に課せられた使命・命題であると信じています。永久命題のはずです。
これを前提として先程の自立の意味を当てはめると、「自立=孤立」になってしまうのではまいでしょうか。
私が信じている・あるべき自立とは、
「依存していることを自覚・認める」
「依存出来ていることに感謝する」
「他からの依存には手を差し伸べる」
一方である本では、依存的である人生は破壊的ある、とも述べています。
かなり強い発言ではありますが、確かに高依存はそれはそれで問題かもしれないですね。
バランスが大事なのだろうか。
Android携帯からの投稿
誰かに助けを求めたくなるシーンが、状況の深刻度問わず多々あります。
子供の場合、依存という中であれこれ経験し成長していくので積極的にそうであっても構わないかもしない。ただ、それが大人となると話は別、特に「自立」という観点からすると恥ずかしくてなかなか助けを求めにくくなったりすることも。(厳しい人もいますからね、そんなの自分でやれって突き放す人も中にはいますし)
さて、ではどうすれば「自立」できるのでしょうか。
まずは意味を改めて調べてみると、
「他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。」
本当にそうなんでしょうか?
アノ言葉を借りている訳ではないですが、「人という字はですねぇ、、、」つまり、お互いが支え合って出来ています。ヒューマンネットワークってやつです。
お互いが助けあい社会の向上と発展に努める、これが我々人類に課せられた使命・命題であると信じています。永久命題のはずです。
これを前提として先程の自立の意味を当てはめると、「自立=孤立」になってしまうのではまいでしょうか。
私が信じている・あるべき自立とは、
「依存していることを自覚・認める」
「依存出来ていることに感謝する」
「他からの依存には手を差し伸べる」
一方である本では、依存的である人生は破壊的ある、とも述べています。
かなり強い発言ではありますが、確かに高依存はそれはそれで問題かもしれないですね。
バランスが大事なのだろうか。
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