シニア世代は勿論、若い人にも、おうち時間に、大映映画の傑作「黒の試走車」(昭和37年)がお薦めです。

DVDがレンタルされています。

 

映画評論家“白井佳夫氏”がテレビ「日本映画名作劇場」で解説していた録画が残っていたので、解説全文を記述します。

『今晩は、白井佳夫です。皆さん、日本映画の本当の面白さをご存知でしょうか。 カーク・ダグラスやローレンス・オリビエが主演するアメリカの企業内幕物の面白さも然ることながら、我々が住むこの日本にも、日本の風土に根差した企業の謀略をテーマにした面白い作品があります。今夜は増村保造監督作品「黒の試走車」をご覧いただくことにしましょう。これは昭和37年「椿三十郎」「ブルーハワイ」などが公開された年に作られた大映東京撮影所作品です。梶山季之の出世作のベストセラーを石松愛弘と舟橋和郎が共同でシナリオにし、既にこの番組でも「氾濫」「千羽鶴」などをご覧いただいている「曽根崎心中」の増村保造監督が映画化したものです。産業スパイとか企業の謀略とか、こういった問題を初めてドラマの中に持ち込んだこの作品、叶順子、田宮二郎、高松英郎などを主演にして、増村保造監督が、日本的なハードボイルドタッチとでも言いたいような、ダイナミックな演出で映像化しています。当時この作品のチーフ助監督だった大映本社の崎山周さんに窺いましたところ、増村監督は画面の構図を決めるのは監督の責任だと言うヨーロッパ流の考え方で、あらゆるショットを自分でキャメラを覗いて演出したそうです。その辺が増村保造の爽快な映像の秘密なのかも知れません。ではどうぞごゆっくりご覧ください。』

 

上記、白井佳夫氏の解説に映画「黒の試走車」の見どころが網羅されています。

白井氏がキネマ旬報編集長の時の「キネ旬映画紅衛兵運動」を思い出しました。映画館のサービスが悪かったり、フィルムの状態が悪かったりすれば、観客の立場から、自分の氏名を明かしてキネ旬誌上で告発しよう」という運動でした。

当時の他の白井佳夫氏の解説はテレビ局に残っているのでしょうか。淀川長治氏の洋画解説のように発掘して戴きたいと思っています。

 

監督の増村保造(大正13年―昭和61年)は大映倒産後、映画プロデューサーの藤井浩明、脚本家の白坂依志夫と独立プロダクション「行動社」を設立し、「大地の子守歌」「曽根崎心中」などを監督。また、勝新太郎の勝プロと組んで「新兵隊やくざ 火線」などの後期代表作を手がけています。増村監督の映画作品はCSで放送される事も多く、ほゞコレクション出来ました。

かつて霞が関にあった久保講堂で、優秀映画鑑賞会の「曽根崎心中」上映の時、増村保造監督がゲストで登壇されました。映画産業が斜陽時の頃でした。日本映画も予算が潤沢ならば良い作品が作れるのにと言われた事が耳に残っています。

 

懐かしくて梶山季之の原作本「黒の試走車」を書店で探しましたが、どの書店にも置いてありません。

やっと、BOOK・OFFで見つけました。産業スパイという斬新なストーリーと、著者の力量が窺えます。

 

 

昭和37年公開の大映・黒シリーズの第1作。上映時間94分、モノクロ・ワイド。

監督:増村保造  脚本:舟橋和郎、石松愛弘

原作:梶山季之  撮影:中川芳久

田宮二郎、叶順子、船越英二、高松英郎、菅井一郎、長谷川季子、上田吉二郎、見明凡太朗

ラストシーンを記載していますが、映画鑑賞の面白さを損なうことはありません。

タイガー自動車・企画一課の小野田部長(高松英郎)と部下の朝比奈(田宮二郎)が、公道で新車のスポーツカー“パイオニア”覆面走行テスト中です。

<前列・小野田部長(高松英郎)と部下の朝比奈(田宮二郎)>

小野田:「現在スパイの眼は、何処にも無いようだ。

     そろそろやるか、スピードテスト」

 

ライバル社・ヤマト自動車のスパイが注視する中、“パイオニア”がカーブで横転、炎上した。

 

 

 

 

 

 

 

 

業界紙に試作車テスト事故の記事が載り、タイガー自動車では、ヤマト自動車にテスト走行が事前に洩れたことが問題になった。

小野田:「企画一課は産業スパイの部屋だ。

     敵のスパイに出し抜かれるなんて恥だぞ」

朝比奈:「しかし不思議だな。

     テストコースがどうして敵に知れたんだろう?」

小野田:「決まってるじゃないか。社内にスパイがいるんだよ」

 

以下、自動車メーカーのスパイ合戦エピソードの一部!!

パイオニア第一号が東海道本線の踏切で急行列車に衝突するエピソードなどもあり、産業スパイの実態や企業の謀略が増村保造の手腕でダイナミックに展開する面白さ。

<ヤマトの馬渡本部長(菅井一郎)とタイガーの小野田部長(高松英郎)の対決>

 

ヤマト自動車の馬渡本部長(菅井一郎)がバー「パンドラ」の常連と知るや、朝比奈は恋人昌子(叶順子)を女給として勤めさせ、馬渡の身辺を探らせる。

<朝比奈と恋人昌子(叶順子)>

朝比奈:「結婚するまでパンドラというバーに勤めて貰いたい」

 

昌子:「スパイになるわけ?」

朝比奈:「まあ、そうだ」

 

タイガー自動車の社長が入院する病院の看護師が、病室での会社の密談を盗聴。

 

朝比奈:「誰に頼まれてこんな真似をしてるんだ。

     盗聴は立派な罪だ」

看護師:「あなたの会社の人に頼まれたのよ」

 

朝比奈たちが、ヤマトの会議を向かいのビルから8ミリで撮影する有名な場面。

朝比奈:「そろそろ会議が始まる。

     ハイスピードにしてあるか」

川江(仲村隆・中央):「大丈夫」

朝比奈:「ピントは馬渡の口に合わせるんだ」

川江:「任しとけ」

 

撮影した8ミリを上映して、読唇術のできる聾学校の教員に見せて情報を探り出す。

 

<タイガーの小栗専務(見明凡太朗)と聾学校の教員(町田博子)>

小栗:「上手い手を考えたもんだね。

    凄いロードショーだ! これは」

 

朝比奈はヤマトの新車価格情報を得るため、昌子にヤマトの馬渡から新車の価格情報を盗んでくれと頼む。

昌子:「恋人に向かって、ライバル社の男と寝ろなんて、

     恥ずかしくない! 

    よくそんなパンパンのヒモみたいなことが言えるわね」

 

朝比奈:「言える」

昌子:「なぜ」

朝比奈:「会社のためだ」

 

朝比奈はヤマトの新車情報や社内のスパイも突き止め、昌子と結婚の約束を果たそうとしたが、あきれ返った昌子に断られ、みじめな思いにとらわれる。

 

パイオニアの売れ行きは上昇し、企画第一課長の内定をうけた朝比奈だが、会社に辞表を出すと街に飛び出し、傷心の昌子の許へ走るのだった。

 

昌子役の叶順子は昭和29年ミス資生堂に選ばれ、昭和31年大映に入社。田宮二郎とは同期入社。「黒の試走車」では、バーに勤める主人公の恋人役で、大きな役割を担っている。昭和38年、人気のピークで結婚により引退。

 

ラストシーン。

朝比奈:「僕たち結婚できるかい?」

昌子:「出来るわよ。あんたが昔にもどったんだもの」

朝比奈:「今度の会社はちっぽけな商店だ。

     一生そこの平社員で終わるかも知れない」

昌子:「だから結婚できるのよ」

 

昌子:「パイオニアね。

     あれに乗って新婚旅行行くはずだったわ」

朝比奈:「馬鹿だったよ僕は」

 

昌子:「でも、綺麗な車ね」

朝比奈:「汚い車だよ。汚れてる。真っ黒だ」

文中、敬称略としました。ご容赦ください。

**************************

<増村保造監督の「黒の試走車」撮影風景>