シニア世代の映画ファンに懐かしい映画の歴史話です。
(「聖衣」の記事は2020年11月28日アメブロに投稿)
日本では昭和31年(1956年)に新東宝映画が初めてシネマスコープ方式の「明治天皇と日露大戦争」の製作を開始しましたが、その公開前に東映が昭和32年・大友柳太朗・主演の「鳳城の花嫁」を急遽完成させ、日本初の総天然色シネマスコープ映画「東映スコープ」として公開しています。
邦画6社の初ワイドスクリーン作品を公開順に紹介します。
《東映スコープ「鳳城の花嫁」》
大友柳太朗演じる若さまの花嫁探しを明朗なタッチで描いた娯楽時代劇。
アナモフィックレンズで、お城の柱が多少歪んで見えても、画面3倍・興味100倍のキャッチフレーズで売り出した“東映スコープ”の威力は絶大で、松田定次監督手練の娯楽映画の楽しさと共に横長の大画面に圧倒されました。さすが時代劇の東映です。
キャストは大友柳太朗、中原ひとみ、長谷川裕見子、薄田研二、進藤英太郎、原健策、加賀邦男、片岡栄二郎など、東映時代劇を支えた懐かしい俳優さんが並んでいます。(DVD発売中)
アナモフィックレンズは、撮影時にフィルムの横方向を1/2に圧縮して、映写時に2倍に戻すことで横長のシネマスコープ映像を得る特殊なレンズです。
基本的には撮影機や映写機にアナモフィックレンズを取り付けるだけなので大きな経費が掛かりません。
<アナモフィックレンズ>
「鳳城の花嫁」渋谷東映封切り日の様子。
全国の東映封切館7館に初日だけで合計約5万人もの観客が詰めかけたと云われています。
「東映スコープ」のロゴ画面です。「鳳城の花嫁」では、まだ挿入されていませんでした。
当時の映画会社の初ワイドスクリーン映画一覧表です。大手映画会社だけでも6社存在しました。
映画会社 |
公開年月 |
題名 |
出演者 |
東映(東映スコープ) |
昭和32年4月 |
鳳城の花嫁 |
大友柳太朗、長谷川裕見子、中原ひとみ |
新東宝(新東宝シネスコ) |
昭和32年4月 |
明治天皇と日露大戦争 |
嵐寛寿郎、阿部九州男、高田稔 |
大映(大映ビスタビジョン) |
昭和32年6月 |
地獄花 |
鶴田浩二、京マチ子 |
日活(日活スコープ) |
昭和32年7月 |
月下の若武者 |
長門裕之、津川雅彦 浅丘ルリ子 |
東宝(東宝スコープ) |
昭和32年7月 |
大当り三色娘 |
ひばり、いづみ、チエミ、宝田明 |
松竹(松竹グランドスコープ) |
昭和32年7月 |
抱かれた花嫁 |
有馬稲子、大木実、高千穂ひづる、 |
《新東宝シネスコ「明治天皇と日露大戦争」》
1904年に始まる日露戦争を明治天皇(嵐寛寿郎)主軸に描いた戦争スペクタクル超大作。特筆すべきは、日本映画史上初めて天皇をスクリーンに登場させた事でしょう。
観客動員数は2000万人、「日本人の5人に1人が観た」と言われ、日本の映画興行史上の大記録を打ち立てました。私も当時、リアルタイムで鑑賞しました。
監督の渡辺邦男は新東宝の大蔵社長と企画を立ち上げ、嵐寛寿郎に明治天皇役を引き受けるよう話したそうです。アラカン(嵐寛寿郎)が「そらあきまへん、不敬罪ですわ、右翼が殺しに来よります」と慌てて断ったところ、渡辺は涼しい顔で「大丈夫や、ボクかて右翼やないか」と答えたという。アラカンは「身体はこまいが肝っ玉は太い」とこの監督を評しています。渡辺邦男監督は娯楽作品を多く手がけ,早撮りの名人と言われました。(DVD発売中)
シネスコの整備が整っていない劇場向けにスタンダード版も製作されました。2台のカメラを並べて同時に撮影され、シネスコ版と同じカットでも微妙にアングルの違いが見られる貴重版がチャンネルNECO(CS)で放映されました。
(上シネスコ版・下スタンダード版)
《大映ビスタビジョン「地獄花」》
日本初のビスタビジョン作品。室生犀星の原作「舌を噛み切った女」を巨匠・伊藤大輔監督が鶴田浩二、京マチ子、市川和子、小堀明男、柳永二郎、山村聡などのキャストで映画化。
戦乱の世、野性的な美女とその魅力に惹きよせられる男たちとのエロチシズム漂う時代劇大作のようですが、私は未だ観ていません。(DVD発売中)
大映は当初、米国パラマウント・ピクチャーズ社が20世紀フォックス社のシネマスコープに対抗して開発したビスタビジョン方式を採用しています。ビスタビジョン方式は画質が良い反面、カメラが大型化するとなど機材等の費用が掛かり、昭和32年の「地獄花」から昭和33年の「氷壁」まで10作品を製作し、以降「雪の渡り鳥」からシネマスコープ方式の「大映スコープ」に変更しています。
参考までに、大映ビスタビジョン10作品は下記の作品です。
<昭和32年(1957年)>
6月25日「地獄花」
7月13日「誘惑からの脱出」
8月13日「銭形平次捕物控 女狐屋敷」
9月3日「真昼の対決」
10月22日「冥土の顔役」
12月28日「赤胴鈴之助 一本足の魔人」
<昭和33年(1958年)>
1月3日「東京の瞳」
1月9日「月姫系図」
1月15日「遊侠五人男」
3月18日「氷壁」
「雪の渡り鳥」からシネマスコープ方式の“大映スコープ”に変更。
《日活スコープ「月下の若武者」》
日活スコープ第1回作品。長門裕之、津川雅彦兄弟と父・沢村国太郎が初共演しています。脚本:八尋不二、監督:冬島泰三。キャストは長門裕之、津川雅彦、浅丘ルリ子、水島道太郎、沢村国太郎など。色彩は日活イーストマンカラー。
栄華を誇った平安京を舞台に、若武者兄弟が親の仇を討つため大活躍する物語ですが、私は未だ観ていません。
未DVD作品です。チャンネルNECO(CS)に放映のリクエスト出しました。
新東宝で活躍した星輝美が津川雅彦の相手役募集に入選し、本名の“鎌倉はるみ”で「月下の若武者」に映画初出演しているそうです。
(「新東宝映画女優“星輝美”の魅力」の記事を2020年8月にアメブロ投稿)
(星輝美さん)
《東宝スコープ「大当り三色娘」》
東宝スコープ第1回作品。井手俊郎が脚色、杉江敏男が監督。
キャストは美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミ、宝田明、江原達怡、若山セツ子など。色彩はイーストマンカラー。
「ジャンケン娘」「ロマンス娘」に続き、美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみの三人娘がお手伝いさんに扮し、恋と歌と青春が明るく楽しく描かれるミュージカル作品「三人娘」シリーズ第三作目ですが、私は未だ観ていません。
(DVD発売中)
(三人娘シリーズ第2作)
《松竹グランドスコープ「抱かれた花嫁」》
松竹のワイド映画“松竹グランドスコープ“第1回作品。明朗喜劇花嫁シリーズの第一作。浅草の老舗女将・ふさ(望月優子)は、長男(大木実)も次男(田浦正巳)もまったく店を継ぐ気を見せず、仕方なく長女・和子(有馬稲子)に養子を取らせようとする。だが、勝気な下町娘の和子も店の客で獣医の福田健一(高橋貞二)と意気投合し……。監督は大船調喜劇に才を発揮した番匠義彰。
キャストは有馬稲子、高橋貞二、大木実、高千穂ひづる、望月優子、田浦正巳、片山明彦、桂小金治、小坂一也ほかの皆さん。
チャンネルNECO(CS)で放映されました。
《あのころの思い出》
映画産業は1950年代に黄金期を迎えましたが、その後テレビが台頭し1960年代に急速に斜陽産業化していきます。
「明治天皇と日露大戦争」で空前絶後の大ヒットを飛ばした新東宝も4年後の昭和36年に倒産、大映も昭和46年に倒産、日活は性風俗を扱う日活ロマンポルノ路線へ転向していきました。
映画産業が深刻な斜陽に陥ったのは同業他社も同じで、映画制作部門の不振に陥るとその対処に追われ、大幅な整理縮小や合理化、直営映画館などの資産の整理を迫られることとなりました。